軽登山講座────伊藤幸司
*この講座はBIGLOBE(NECビッグローブ)が公式に設置したstation50において2005年から2010年にかけて105回連載したものです。

【伊藤幸司の軽登山講座031】寒さより冷たさ対策――2007.1.25



■浅間・水ノ塔山山腹で――2006.2.9
浅間外輪山に連なる標高2,000m前後の高峰高原で、深い雪と戯れる。空が晴れて、地吹雪が舞うというのは太平洋側の冬の山としては最高の気象条件といえる。



■北八ヶ岳――1998.2.21
標高2,120mの北八ヶ岳・麦草峠を拠点にして歩くスキーを楽しむ。そういう機会にゴアテックスの防水ミトンを購入してもらう。明日はメルヘン街道大滑降。


●冬の服装

 冬の山歩きというと一般的には「冬山登山」とイメージされるが、ここでは「樹林帯の雪山歩き」までをターゲットにしたい。スノーハイキングとか、スノートレッキングと呼ばれるものがおおよそそれに重なってくる。
 技術的にいうと、雪崩の危険がなく、滑落停止の技術も必要ない領域の冬山ということになる。
 たとえば北八ヶ岳。岩稜の南八ヶ岳は雪氷登攀の世界だが、森林限界とされる標高2,500m前後までの高さにありながらオオシラビソなどの樹林に囲まれている北八ヶ岳はきわめて安全な冬の山歩きを可能にしてくれる。
 日本海側は雪国で1週間連続して晴れるということはありえない。しかし太平洋岸では冬型の気圧配置が続く限り晴れの日が続くと考えていい。だから本州中央部の太平洋岸の標高2,000mまでの山であれば、晴天の、展望絶佳の、歩きやすい雪の山を想定して技術的対応を考えることができる。そのとき一番心配するのは寒さより、暖かくて雨が降る場合。冷たい雨は体を冷やす危険に直結する。
 東京都の最高峰・雲取山(2,017m)などはまさにその冬の山歩きのためにあるような山といえる。ドカ雪の直後に三峰神社から登ったときにはさすがに時間もかかったし、疲れもした。しかし、積雪後の休日には先陣争いの登山者がかならずいるので、道は踏まれている。手のひらにのる4本歯の軽アイゼンで夏よりよほど楽に歩ける。そして富士山の展望絶佳。
 真冬に標高2,000m級の山に登ると、高度差だけで平地より約12度C下がるので、気温はもちろん氷点下になる。しかし体験的にいって、マイナス10度C以下になることはきわめてまれだ。
 冬型の気圧配置では強い北風が吹く。上州の空っ風に代表される風が身を縮ませる。早朝、家を出て駅で電車に乗るまで、その冬の寒さに凍える。
 しかし山で、それ以上寒いと思った記憶はあまりないのではないだろうか。錯覚なのだが、冬の山歩きの寒さ対策を考える上でのいわば要となるところだ。
 まず第一に、登り道ではほとんど風に吹かれない。例外もないではないけれど、登り斜面は山ひだの一枚であり、風の通り道になっていないと考えていい。峠に出ると、そこが風の通り道になっていて、止まって休憩したくないというようなことが多い。霧氷がついた日など、風の通り道が白い刷毛目のように示されるので、風の当たる場所、当たらない場所がよくわかる。風の道はけっこうデリケートだ。
 山頂に立つと上空を吹き抜ける北風がビュンビュン吹いている……と考えるのがふつうだが、そういう期待(?)を裏切られることも多い。川の流れでいえば、水面近くの岩の頭よりも流路の中心で深いところにあたる鞍部(峠)のほうが流れが強い……のかもしれない。山頂での休憩が想像以上に快適だったということが、北風の中でもよくある。
 もちろん、気温が5度Cを割り、風もあるとなれば、登りが終わったところでウインドブレーカーを羽織る。ゴアテックスなどの透湿防水スーツをウインドブレーカーとして羽織れば、風に対する防御態勢はかなりしっかりしたものになるから、「意外に寒くないじゃない?」ということにもなる。
 登りは汗をかかないようにしているけれど、下りでは体を冷やさないようにしたい。山歩きでは同じ服装で全行程歩くというのはほとんど考えられない。山頂での寒さをあまり記憶していない理由のひとつは、そこで防寒対策を強化してしまうからともいえる。
 冬も毎月10日前後山歩きしている私の場合、速乾性の半袖Tシャツとブラウスシャツ(山シャツ)は通年仕様。それにフリースの薄いシャツを加えて、必要ならウインドブレーカーとして雨具を着る。
 下は、昔はウールのズボンやニッカーボッカーをはいたものだが、いまは夏冬兼用の速乾性ズボンで押し通すという考え方の人が多いのではないだろうか。内側にはくタイツで保温力を調節する。それだって、冬山登山用のものをはくと、登りでびっしょり汗をかく。
 首都圏の日帰りの山では気温が氷点下になることはほとんどなく、晴れていて雑木林は葉を落としているから、日だまりハイクはポッカポカ、半袖Tシャツ1枚になったりする。タイツは登山用の速乾性のものが必要だが、薄手で十分なのだ。
 私は標高2,000m級の山にも出かけるので、ダブダブのフリースのズボンを予備としてもっている。山小屋で寝るときにも使えるが、寒いときに重ねばきして、ウインドブレーカーとして雨具をつける。これでマイナス10度Cまで対応する。
 要するに、行動着として冬に付け加えるのは速乾性の薄いタイツと、薄いフリースシャツということになる。
 そして非常用としてフリースのズボンがあればほぼ万全。あとは家を出て電車に乗るまでの防寒用と、山を下りてからの快適を考えての保温ジャケット。私などは周囲の目に薄ら寒い印象を与えているようなので、暖かそうな雰囲気のアウタージャケットがあるといいのではないかと思う(山歩きのときには不要だけれど)。


●実験的精神で手袋さがしを

 冬の山は「寒そう」というのが一般人のイメージなら、山へ行く人は「冷たそう」と考えるようになっていただきたい。
 本来の冬山登山では私のような甘い考え方は許されない。正規の登山技術書では、たとえば次のように解説される。
「特別の悪条件でもない限り、つまり2〜3日吹雪かれる程度なら、山中行動5〜10日で登ってこられる山を中級と考えてみたい」(日本山岳会編『登山の技術・下』1977年)
 積雪期の登山では行動中に吹雪に閉じこめられることを前提に考えている。そしてテントによって生命の安全を保証できるという最低限の技術水準をクリアしている。
 雪の中で夜を過ごすとなると、服装の組み立ても大きな変化が生じてくる。動かないで寒さの中に長時間身をさらす準備ができていなければならないし、条件が悪ければ風にもさらされるということを考慮しなければならない。
 私の場合には、その日のうちに下山するなり、山小屋に到着するという前提でいるので、冬山登山の「最悪の場合」を想定していないということになる。
 したがって、冬の山とはいってもゲレンデ化したルートをたどるという限定つき登山なのだ。ルートハンティングについては難易度が高くなるが、行動自体は無積雪期と同等か、やさしくなる場所が選ばれる。(私の紹介する冬の山は、紹介しているルートに関してのみ、責任を感じながら解説している)
 着るものについてはすでに述べたように想像以上に軽い仕掛けでいいと考えているけれど、手、足の保温については本格的な冬山装備を参考にしつつ、重装備(ヘビーデューティ)を心掛けていただきたい。
 一番重要なのは手袋だ。5度C以下になったら、素手をさらさないということを絶対条件としたいのだ。
 どうするのか。アンダーグローブを採用する。薄い速乾性の手袋をアンダーウェアとしてつけっぱなしにする。それで登山の最中に必要となるすべての作業をこなす。
 そのうえで、保温性の手袋をする。大量生産のスキー用品には格安のものがあるし、スーパーなどでも買えるフリース素材のものも利用できる。登山用ではゴアテックス防水のものや、特殊なウールの手袋もある。
 値段が高ければ高級……というもでもないので、いろいろ試してほしいのだが、見ているとみなさん手袋にはあまり金をかけないという傾向がある。
 冬の山では、じつは暖かい服より手袋のほうが重要度が高いと考えてほしいのだ。マイナス10度Cでよかったからといって、0度C前後の湿った雪でもいいとは限らない。もちろんその逆もある。
 寒さの中で、ザックを開けて中のもの(食べ物や衣類)を出して利用できるという指先の自由が奪われたら、すでに遭難の一歩手前にあると考えなければいけない。指先が凍えてザックを開けられなくなった瞬間に、裸で野外に放り出されたに等しい危険に見舞われている……という認識が絶対に必要なのだ。
 保温用のアウターグローブは使用条件がいろいろあるのでいろいろなものをテストしていただきたいのだが、そのため性能的に足りない場合が起こりうる。
 そういう場合の最後の砦として、ゴアテックスの防水ミトンを非常用装備としてもっていていただきたい。上下のレインウェアとセットにするという感覚でいい。
 防水ミトンはペラペラの布1枚の安物でいい。というのは外からの濡れを防ぐことと、湿った手袋を手にやさしい状態に戻すために、透湿防水機能を使えればいいというふうに考える。これを危機感利用にもつだけで、冬の手袋選びは失敗が許される状態になる。
 そして最終手段。日帰りの低山に雪があると、シャーベット状の雪や、道ぎわの木に積もった雪で手袋はすぐに濡れる。濡れても手の甲にカイロを貼れば、暖かくはないけれど凍えないという程度の効果は発揮する。ゴアテックスミトンをかぶせれば条件はさらによくなる。貼るカイロのミニサイズが冬の保温をピンポイントで画期的に改善してくれるので、からだにストレスを与えそうなときには積極的に使用したい。


●足と頭の保温について

 足の保温に関してはみなさん、だいたい、手よりは真剣に考えている。速乾性のアンダーソックスと厚手の靴下の組み合わせにしておくと、貼るカイロを活用できる。
 そこのところをくわしくいうと、貼るカイロは50度C前後の温度を発生するので肌に直接触れないように、肌着の上から貼ることになっている。その肌着を速乾性のものにすると、肌のところに暖かい湿り気がとどまる危険が少ないので、夜寝るときにベタベタと貼っても低温ヤケドになる危険性はほとんどなくなる(私の周囲で実際例は1件もない)。
 足の場合は甲に貼っても、土踏まずに貼っても問題なく、靴を履いてからなら足首に貼ってもいい。いずれも歩きにくさが生じなければどこでもいい。
 厚い靴下が必要なのは貼るカイロが鉄くずに水分と酸素を供給して酸化熱を発生させるという構造から、靴の内側にできるだけたくさんデッドエアーを持たせることが重要だから。
 ちなみに使い捨てカイロは貼るタイプもポケットに入れるハンドウォーマータイプも鉄が酸化する化学反応によって発熱するので、40度Cの温度での発熱性能が表示されている。肌に近いところに貼るタイプは安定した発熱作用を持続するという意味で、品質精度が高いと考えておきたい。
 残っているのは帽子。耳まで覆う帽子であればなんでもいいという立場を私はとってきた。というのは、冷たい風に吹きさらされるところではウインドブレーカーとしてレインウェアを着ているはずで、そのフードをかぶっているにちがいない。帽子単独ではないので、むしろレインウェアのフードの構造が大きな問題になる。
 一度、目も開けられないような風を体験すると、フードが自分の頭にきちんとフィットしているかどうか確認できる。
 最近、女性が雪焼けをふせぐために目出し帽をかぶるということを知った。目出し帽は吹雪のときにはほんとうにありがたいが、樹林帯から出ないような冬の山では、おのずとその程度がしれている。雪焼け防止用とは、半分あきれて、半分感心、というところか。


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