軽登山講座────伊藤幸司
*この講座はBIGLOBE(NECビッグローブ)が公式に設置したstation50において2005年から2010年にかけて105回連載したものです。

【伊藤幸司の軽登山講座036】ストックの長さと使い方――2007.4.10



■ノルディックウォーキングに近いかな――1999.3.17
この人はスキーをやったことがある。登山道を歩くにはストックをハの字型からVの字型に調整すれば急斜面の階段もスムーズに登れるようになるだろう。奥多摩浅間尾根で。



■ダブルストックで可能になる急斜面の下り――2000.5.13
これは奥多摩の蕎麦粒山から林道に出る最後の急斜面。ダブルストックでの前傾姿勢が身につくとスムーズに下れる。この傾斜の雪の斜面はスノーシューで楽しめる。



■ストックで突く前にグジャグジャ道――2003.2.8
冬、乙女峠から金時山に登る道は、雪がついていなければ悲惨な状態ともいえる。突っついたらいけないというデリケートな道ばかりではないという一例。


●ノルディックウォーキングの登場

 山歩きの道具としてのストック(=スティック、ステッキ)について再度語りたいのだが、スキーの場合はポールとも呼ばれている。英語でスキースティック、スキーポールなどというところを日本語的にはスキーストックというらしい。山歩きの場合にもトレッキングポールと呼ばれることもあるが、実態は変わらない。
 最近、そこにノルディックウォーキングという健康ウォーキングが加わってきた。ノルディックスタイルの歩くスキー、走るスキーのストックワークを日常のウォーキングに活用して、ウォーキングそのものの強度と安全性を高めたり、上半身の運動を加味するなどの効果が期待されている。その領域では単純に「ポール」と呼ばれることを期待しているようにみえる。
 私は山歩きでの「ダブルストック」の技術をかなり真剣に考えてきたのだが、基本的にはスキーのストックワークに準じている。頭で使う杖としてではなく、手の延長として肉体化する方向で考えてきた。一般登山道の岩稜やクサリ場でもストックを活用しているのは、当然それが手の延長となる分だけ安全に寄与するのは間違いないからだ。
 この講座の15回目で「ストックとステッキ」を書いている。すなわち頭の不安を解消するためのバランスアシスト優先の1本杖と、手の延長となってむしろパワーアシストに大きな効力を発揮するダブルストックの違いを説明したつもりだ。
 そこにダブル使用で、スキーのストックワークに準じているノルディックウォーキングが登場してきたわけだから、1本杖 vs ダブルストックという図式での説明はもうしなくていいようだ。
 ノルディックウォーキングの基本はストックを引きずりながら自然に手を振る動作から始まるということで、私の解説方法とまったく同じだ。……よかった。
 平地で行われている従来型のエクササイズウォーキングは後ろ足で蹴って、振り出した足のかかとで着地する。かかとで着地して、つま先で蹴るまでの重心の移動をいかにスムーズにするかが重要だと説かれている。ストックの使用によって歩幅を大きくとれるので、運動強度を上げられる……ということらしい。
 その平地での活動的な歩き方が、平均斜度20度の登山道ではよろしくない。登りではつま先で蹴らないように、かかとでペタペタと歩くことをすすめている。また下りではかかと着地を厳禁してつま先で着地する……というのが私の基本的な考え方となっている。登りの歩き方については問題が少ないのでまだ書いていないが、「下りの歩き方」は第10回の講座として書いた。
 ノルディックウォーキングはあくまでも平地の歩き方であり、その全身運動化をはかったもののようである。それでも「杖とダブルストックは基本的に似て非なるもの」というところでの理解が得られるようになってくるのはまちがいない。


●長さに起因する問題

 ノルディックウォーキングのストックワークで、私は長さに関する説明にも注目している。登山用のストックでは「登りでは短く、下りでは長く」などと説明されているけれど、私はそれに反対してきた。
 ノルディックウォーキングでは「身長の約70%」で「腕が水平」というから従来からの基準が生きているが、長さの調節によって運動強度を加減することができるという。つまり歩幅とストックの長さがリンクするということらしい。
 腕が水平になる長さを基準として、プラスマイナス10cmぐらいの長短はどうにでもなるというのが私の考え方だ。ただし、登り下りで長さを変えるのには反対で、もし変えるのであれば「登りで長め、下りで短め」にするほうが合理的だと考えている。
 ノルディックウォーキングで運動強度を上げると長めになるという考え方とかなり重なるのだが、1本杖のように登りでからだの前に出すのであれば短くしたいが、後から押し上げるのであれば長い方が有効だ。押し上げる幅を広くするという意味で長くするともいえる。
 下りで大きな段差をサポートするにはやはり長い方がいいように思えるが、じつは登山用ストックで「下りでは長く」というのは、姿勢を変えずにストックを届かせたいというところからきている。しかしそれではかかとに重心が残ったヘッピリ腰の状態を認めることになりやすい。
 登山靴なら滑らなくて、スニーカーは滑りやすいと考えている人たちの多くは、多かれ少なかれ後傾姿勢となっている。足元が滑るとスト〜ンと転ぶ姿勢になっている。
 下りでストックを使うときに重要なのは深い前傾姿勢をとることなのだ。ストックを長くすれば大きな段差を下るのに有利ではあるけれど、段差をこまかく刻んで早いリズムで下るには短い方が圧倒的に有利だ。スキーでコブの急斜面を下る場面をイメージしてみていただきたい。そういえば昔のスキーストックは今よりもかなり長かったという記憶がある。
 大きめの段差ではより深い前傾姿勢をとり、滑りやすい斜面ではつま先立ちする。重心の位置を細かく管理することが、下りでは靴底の形状などよりはるかに有効な滑り止めとなる。
 ついでながら、滑りやすく見える斜面で、靴底のエッジ(外縁の角)で止めようとしている人は見ていられないほどの後傾姿勢になっている。最大傾斜線からからだを斜めにしたり、横にして滑らないようにしている人も同様だ。スキーの滑り出しの深い前傾姿勢をとれるようにすることが先決だ。
 ストックの長さは、だからかなりどうだっていい……と私は考えているのだけれど、同じ長さにしてからだの動きで調節する方が応用範囲が広いはず。かなり熟達するまでは、だから「標準」と考えられる長さに決めておくことをすすめている。
 それから、登山道の登りでノルディックウォーキングのストックワークをすると、道が平坦なときに困ったことが起きる。登山用ストックに標準装備されている小さなカップが引っかかって、石突きが浮くことがある。平坦な岩などでは石突きの超硬合金の鋭い刃が気持ちよく岩に食い込むはずなのだが、それをカップが阻害する。したがって、そのカップをつけている人はストックを比較的立てた状態でのみ使っていると見ていい。


●ストックは石突きが命

 最近、ストックが登山道を破壊するという論調が盛んで、登山ツアーなどでは路面保護のゴムサックをつけていないとお叱りを受けるとか。
 私はその論調に反対だ。登山道を守るためにこそストックを積極的に使いたいと考えている。ここで詳しく書く余裕はないのでいくつかのポイントだけ述べておきたい。
 まず第一にストック使用に反対のみなさんのイメージは、登山道にストックの小さな穴がボツボツと無数について、雨になると土が流れて登山道が破壊されるというのではないだろうか。
 まず第一に、春先の登山道がシモバシラが溶けてグジャグジャになっている道を歩いた経験がおありだろう。登山道のさまざまなイメージの中で、踏み固められた道はそれほど多くはない。あるアウトドアライターが新聞に書いた記事を読んだことがあるが、ストックで突かれて地面が穴だらけになった証拠としてあげたのは山小屋前の広場だった。
 登山道を突っつかないでほしいという気持ちは、丹沢の鍋割山荘の草野さんのように道を守る人にとっては強い。ストックもそうだが、冬のアイゼンもそうだ。金時山の金太郎茶屋の女将もアイゼンの代わりに昔風の荒縄をすすめている。登山道を突っついて歩く人たちを心安らかに見てはいられないということはよくわかる。
 しかし、登山道のほとんどはそんなやさしいイメージで破壊されていくのではない。
 1年に何度、あるいは何年に1度という豪雨によって、道は濁流になって一気に削られる。そういう現場を知っていたら、表土が浮き上がって流されるというようなやさしい風景ではなくて、もっと荒々しい破壊が一気に道を掘り崩してしまう原因について真剣に想像をめぐらすことが必要だろう。
 登山道が荒れると、歩きにくくなる。とても歩けなくなって放棄されることも多い。雨の日などには荒れた道は靴を汚すし、濡らす。そのとき歩きやすい道をさがすと、それは一番新しい道だということを発見する。
 足を汚したくない、楽に歩きたいという登山者の気持ちが歩きやすい踏み跡道を作るのだが、それが1年に何度か、何年に1度かの集中豪雨でたちまちにして小河川のひとつとなる。
 ストックやアイゼンの小さな穴ぼこより、足を汚したくない人の「新しい踏み跡」のほうがはるかに破壊力として大きいのだ。
 だから、私はストックも軽アイゼンもアイゼンも「ごめんなさい」といって使わしてもらっているが、登山道はそれが死んでいない限りは一番古い道筋をトレースするようにこころがけている。
 登山者が山を傷めているのはまちがいない。けれども、野球選手やサッカー選手がスパイクシューズをはくのと同じ程度には高いパフォーマンスを道具に求めたい。ストックの石突きを隠してしまったら、道具としての性能は大幅にダウンする。とくに岩に対する性能はマイナス領域にまで低下する。(杖として使うのならいいだろうけれど)
 四国の剣山の登山道は剣山頂上ヒュッテのご主人によって、まるでホウキで庭掃除するように管理されている。道を流れる水を放出するような小さな溝をたくさん刻んでいるのだ。丹沢・鍋割山荘の草野さんは50メートルおきに排水路をつくれば、道はそんなに破壊されないという。
 深くえぐられた道の側壁にストックの穴がボツボツと空いているのは、明らかに美観をそこねる。破壊的行為だといっていい。しかしそれこそ、ノルディックウォーキングのストックワークを知らないで、1本杖を2本持ってもてあましている自己流初心者の仕業といえる。


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