軽登山講座────伊藤幸司
*この講座はBIGLOBE(NECビッグローブ)が公式に設置したstation50において2005年から2010年にかけて105回連載したものです。

【伊藤幸司の軽登山講座037】登山地図と地形図――2007.4.25



■スイスの2万5000分の1地形図
地図というより美術作品というべきスイスの地形図は2万5000分の1も5万分の1もテイストが変わらない。まねはできないが近い図がどのように山を描いているかは知っておきたい。



■2万5000分の1地形図・石和
図名の下に「NI-54-31-7-1」とあるが、実用的はその下の「甲府7号-1」で十分。地図の図名は難読なものが多いので「いさわ」とひらがなで書くように心掛けたい。



■20万分の1地勢図・甲府
「伊那市」という地名の下にヨコに細い線が描かれている。これが5万分の1地形図の図郭をあらわしている。よく見ると高遠の町を見るには「甲府13号-4」と「甲府14号-3」の2枚が必要だとわかる。



■フランス国土地理院の25万分の1観光図
距離付きのロードマップに教会や博物館、遺跡などの情報が満載。これはパリを中心とする1枚だが、決定版は10万分の1シリーズだ。



■英国陸地測量部の25万分の1図(クォーターインチシリーズ)
地図上の1インチが現実の4マイルとなるクォーターインチシリーズに由来する。全国がたった17面でカバーできる効率のいい国土のおかげで、道路情報などリニューアルが簡単にできる。


●登山のための地図情報

 地図の教科書を開くと、最初の分類として「一般図」と「主題図」に二分される。ここでの中心テーマはそれなので以下省略でもいいのだけれど、念のために触れておきたい。
 地図は100%縮小されているから、現実の空間をどれほど小さくまとめているかという縮尺によって内容が変わってくる。最近ではインターネット上で地図を利用する人が多いと思うが、縮尺を変えるとただ単に表示サイズや表示範囲が変わるのではなく、描かれている内容が変化する。なかったものがあらわれたり、あったものが消えたりする。縮尺はそういう内容の取捨選択という意味も含んでいる。
 実測図か編集図かという分類もあるが、これは測量によって作ったオリジナル地図か、それを引用した地図かというちがい。ほとんどは編集図でごく一部に実測図のシリーズがあるのだが、登山用の地図がその実測図にからみあっていることから、ここでは重要な分類項目と考えることもできる。
 「一次情報」かどうかという意味が大きいのだが、品質に直接関係してくるのは縮尺率の小さい「大縮尺図」(縮尺率の数値が大きいという意味だろう)で、簡単にいえば国や地方の税金で作る基本地図というふうに考えておけばいい。そしてそれはいろいろな目的に使うことのできる汎用地図でなければならないところから「一般図」の中核をなしている。
 国土全体を均一な精度で描こうとした実測図には「国土基本図」という称号が与えられていて、かつては「5万分の1地形図」、現在は「2万5000分の1地形図」となっている。民間の地図会社が作る登山地図は「2万5000分の1地形図」という一般図から編集した「主題図」と考えていい。
 国土の約30%を占める平地ではもっと詳しい実測図がつくられて、「5000分の1国土基本図」や「2500分の1国土基本図」もある。そういうものがベースになって住宅地図やナビゲーションマップなどが編集されている。
 もうひとつ、「切図」と「全図」という区分がある。1枚で完結する地図と、大面積の地図を切り分けてハンドリングする地図とがある。あるサイズの地図に扱いたい現実の面積を入れようとするとそれに合わせた縮尺になる。それに対して切図は一定の縮尺で作ってしまった地図を切り分けて利用するという違いがある。
 さて、登山のための地図が民間の会社から発売されているが、シリーズのボリュームからいって昭文社の「山と高原地図」はダントツといっていい。日本のポピュラーな山はほぼ網羅されているといっていい。
 山ごとに作られている「全図」なので、縮尺は統一されていない。主題図なので登山者用の情報が主役となって浮かび上がっている一方、一般図の基本骨格のいくつかが後退している。
 登山情報として重要なのはもちろんルートの指示。登山道は無数にあるけれど、この地図では赤の実線で描いた道について責任を持とうとしている。
 その登山ルートにかかわるコースタイムや水場、山小屋、危険情報、登山者が共有したい地名などの固有名詞などなど……が書き込まれている。
 一言でいえば「ガイド地図」だ。かなり能力のあるガイドさんが地図上に情報を書き込んでくれた地図というイメージが近いのではないだろうか。地図に直接書き込みすれば、文章で語るより簡便なことがいろいろある。しかも「○○年版」とあるように、情報の更新にも価値がある。古い年度のものと比べてみるとたしかに違う部分がある。情報は新しいことに価値があるのだから、それが一番の付加価値かもしれない。
 ある方向に進めば、分類項目の反対側では失ったものがある。主題図になったことで一般図から遠ざかった。全図となったことによって縮尺の統一が捨てられた。そしてそのふたつのことに起因するのだが「地形図」から大きく遠ざかってしまった。平面図の中で立体を表現しようとして考案された等高線情報が大きく後退してしまったのだ。
 登山用地図はある山域をテーマにしたことで周辺との格差を生んだが、特定のルートを強調するために山全体の地形を描くことでも後退した。等高線の役割を軽くした。そのことによって道が等高線とどうクロスしながら進んでいくかというナビゲーションの肝の部分が弱くなった。(【軽登山講座4】「机上登山のすすめ」を参照してください)


●登山地図としての地形図

 一般論としていえば、国土全体を一定の縮尺の地形図でカバーする目的は、最初は軍事的なデータベースとしてであった。明治20年前後に東京中心部(おおよそ山手線内)の5000分の1地図が2種類作られたが、参謀本部陸軍測量局がフランス式〜ドイツ式の揺れの中でつくりあげたのは首都防衛に特化した軍事用地形図だった。道都や橋などの車両通行基盤や土手や敷地外壁などの遮蔽物のありようが驚くほど細密に描かれている。同時に内務省地理局でも5000分の1地図を作っている。そちらは地籍図というべきもので、現在のタウンマップのように番地が入っている。2枚の地図を重ね合わせると町の住宅のありようがみごとに浮かび上がってくる。
 参謀本部は2万分の1で日本全国をおおうべく測量活動をはじめたが、関東地方の「2万分の1迅速図」を出したところで「5万分の1地形図」に切り替えた。日本全国がカバーされるのは第二次世界大戦後になるのだが、戦前にほぼ完成している。地図用語で「明治成果」というのだそうだが、日本アルプスの高峰から、北海道の原野まで、三角点と水準点が果敢に設置されていった。
 第二次世界大戦後に平和国家として、それを国土開発の基本図という位置づけにして、最初は米軍が攻撃用軍用地図として撮影した垂直空中写真を利用して応急修正版を出していった。昭和30年代の登山ブームに活用されたのはその「5万図」であった。
 昭和40年代になると国土基本図を2万5000分の1にすることになり、1,291面であった5万分の1地形図を4,342面の2万5000分の1地形図で置き換えることになった。
 日本の国土の7割は山地……ということは中学の社会科で習ったのではないだろうか。人口を国土面積で割るのであまり目立たない人口密度なのだが、現実に人間が生活できる平野部の面積で割ったら、日本の都市がアジア型の人口超密地帯である現実と一致する。
 その国土の7割の山地のすべても同じ精度で描こうとしてきたのが日本政府がオフィシャルに刊行する地形図だった。
 地形図は地表の起伏を「地形」として記録し、地表に人間が作った構造物である「地物」を記録してきた。建物のたぐいも重要だが、道路や鉄道が地図の骨格として浮かび上がってくる。さらに目に見えない「行政境界」や「地名」なども加えてある。
 登山道などは樹林帯では空からは見えないし、岩稜の道は足元のマーキングによってかろうじてわかる程度だったりする。それなのに「幅員1.5m未満の道路」として驚くほど克明に描かれている。
 平野部は人工物でおおわれてほとんど平面図といっていい。それが山地に入るやいなや等高線によって三次元の姿を再現してくれる。等高線と登山道と山の名前が国土の7割の地形図の主役となっている。
 登山の対象は登山道に縛られない。沢があればたどってみるという登山者がいれば、岩があれば登らずにいられないという登山者もいる。道のない薮の尾根を悪戦苦闘しながら何日も歩き続ける登山者もいる。かつて、日本中の山に新しい登山道が開かれた時代があった。
 山の斜面をどこからどのように登るかもしれない無数の可能性に対して日本の国土基本図たる「2万5000分の1地形図」はかなり高い精度で応えてくれる。昔の「5万図」のようなスケッチ的な手法ではないので目鼻立ちの表現は大きく後退したが、空中写真測量によって裏表ない均一な情報精度は獲得された。
 ここまで読み進んでいただいた方には【軽登山講座4】の「机上登山のすすめ」をぜひ再読していただきたいのだが、予定する登山道を等高線との交わり方(8パターン)に分けて、登山道と斜面の関係の変化を見ていく。すると進むべき道を間違えたにしても、地図のほうの道が間違っていたにしても、大きな事故になりにくい。登山道と斜面の関係が地図上の現在地とちがったら、そこから偵察的前進をしてみればいい。道迷いに類する事故の危険はきわめて低くなる。
 しかし地形図は情報が古い。古いけれど、登山口さえ見つかれば、あとはあんがい楽に行く。道筋がすこしぐらい違っていても、ひとつの斜面をひとつの目的に向かってのびていく一般登山道(どこかで「国道のようなもの」と書いた記憶があります)は、それが正しいか、正しくないかのどちらかでしかない……ということがほとんどだ。
 岩の崖に関しては古い「5万図」と比べたらリアリティをなくしてしまったけれど、等高線情報は格段に違う。その等高線情報を、民間の登山地図では(国土地理院に遠慮してのことだと勝手に推測しているのだが)技術的必然以上に間引いている。登山情報において地形情報を削るということは、地図を平面図に近づけることを意味する。「二俣を右に」というような下界の道路図の感覚で登山道を把握して違和感がないように表現されていく。
 登山道は地図上では目的意識として描かれているのであって、道がそのように延びている保証はない。誰かが間違って引き返した道ほど立派に見えるという大原則があるほどあやうい踏み跡道が、地形図に堂々と載っている特殊性をいつも忘れてはならない。キザにいえば「道の意志を読みとれる地図」をめざさなければならないのではないだろうか。


●国土地理院への提言

 2万5000分の1地形図(国土地理院の正式名称では「2万5000分1地形図」と「の」が入らないが、ここではすべて「の」を入れておきます)が新しくなって折りにくくなった。私は図郭を正確に4等分した上でA4文書のファイリングサイズにしてきた。新しい地形図では小さな青い▲印が従来の図郭の位置を示している。
 問題はそのことではない。隣の図幅をあらわすのに、従来の図名の後にカッコでくくってコードを入れている。たまたま手元に2万5000分の1地形図・石和(いさわ)があるのだが、右隣は「笹子(甲府3号-3)」左隣は「甲府(甲府7号-3)」と書かれている。私はこれまで一貫して「甲府7号-1(いさわ)」という表記にしてきた。ようやくユーザーにコード管理を求める時代になったのかと、感慨深い。
 地形図はずっと図名で管理するのが常識とされていた。販売の元締めは財団法人日本地図センターで、渋谷から国道246号を下った池尻大橋にあるので、かつてはそこに通っていた。通販もあるので、ここで買うのが品切れもほとんどなくて合理的だ。そこでは捨てるほどある「地図一覧図」に印を付けて注文するので問題はなかった。
 それ以前は総武線沿線に住んでいたので御茶ノ水が便利だった。そこには地形図の元売り3社(日本地図共販、武揚堂、内外地図)があって、注文すると店員がみごとな職人芸でパッパッと出してくれた。
 ところがそこでは「甲府3号-3のささごと、甲府7号-3のこうふ」などというとムッとされた。のちに渋谷の大盛堂書店にある武揚堂の売店で毎回同じようなムッを繰り返したのち、原因がわかった。老舗の地図販売店では、図名をいわれたらその山の上下・左右の地図がさっと出せるように収納法を磨いてきたのだ。だから国土地理院の整理番号というべきコード順だと、逆にあちこと探しながら引き出すことになる。
 一般書店……ではなくて、各県の県庁所在地にある老舗の書店や大型書店には地形図のコーナーがあって、(全国そろえているとことはあまりないが)自由に引き出せるようになっている。
 これまで(というより古い感覚の人はいまでも)地図は図名で選ぼうとするので、最初の1枚はすぐに引き出せるのだが、それからがたいへんだ。隣にはみ出した部分がどうなっているか見ないといけないのだが、右隣と左隣が全然別の引出に入っている。1枚目が当たったのでこれはいけるぞ、と思っている風情の人が、20〜30分悪戦苦闘している姿をいつも見る。
 一言アドバイスしようかといつも悩むのだが、けっきょくしたことはない。国土地理院が悪いのだ。販売担当の日本地図センターもユーザー向けのいろいろなガイドをつくっているわりには根本的なサービスに考えが及ばない。
 地図の教科書には必ず書かれていることなのだが、20世紀に世界をひとつにしようとして決められた「100万分の1国際図」の規格が根っこにある。国土地理院も「100万分の1国際図」というのを英文で出している。100万分の1国際図の規格でいうと、日本列島は境目にあるのでなんと13面必要になるのだが、それを1面にまとめている。
 首都圏の地形図のコードは頭が「NI-54」となっているが、それは北緯(N)32〜36度(赤道から4度刻みでAから始めてI番目)、東経138〜144度(グリニッヂ子午線から東回りで6度ずつ54個目)というマス目をあらわしている。
 その4度×6度の「100万分の1国際図」を縦横それぞれ6つに割って36に分けたひとつが「20万分1地勢図」となっている。右上から下へ、そして右列から左列へと1から36の番号をつけると、「NI-54-31」が「甲府」という地図になる。ちなみに「20万分1地勢図・東京」は「NI-54-25」となっているはずである。
 この20万分の1地勢図は全国で130面しかない。首都圏からの日帰り登山の範囲でいえば白河、水戸、千葉、大多喜、日光、宇都宮、東京、横須賀、長野、甲府、静岡あたりをそろえておけば十分だろう。
 それをなんで「インデックスマップ」と位置づけないのか。英国の陸地測量部の25万分の1地図は青のモーターウェイとグリーンの1級幹線道路、赤の幹線道路とけばけばしいが、じつはロードマップと位置づけている。まるっこい島国なので地図の図幅数が少ないのだが、幹線道路の最新情報を国民に届ける役割になっている。
 フランスの場合は25万分の1図も10万分の1図も観光図という性格にしてあって、正直なところミシュランのガイド地図より出来がいい。なによりも楽しい。ぜひ一度ごらんいただきたい。
 欧米列強のそれらと比べると日本の「20万分の1地勢図」は国辱ものだ。素人細工のような陰影がどうひいき目に見ても恥ずかしい。便利なのはすべての(といっていいだろう)鉄道駅にひらがなの駅名がついているというぐらい。外国人旅行者だったら、これでかなり自由に鉄道旅行を楽しめる。
 しかし、その20万図にはインデックスマップにしようとした人の意見も入っている。図幅を4×4の16コマに区切る線が引かれているのだ。右上を1とし、左下を16にすると、「甲府7号-1(いさわ)」は20万図の7コマ目の部分を広げた「5万分の1地形図」のさらにそれを4等分した右上の図、ということがわかる。
 私は今では日本地図センターが発行した「全国20万分の1地図」というアトラスを使っているが、これは「20万分の1地勢図」を切り刻んで1冊にまとめたもの。
 その20万図の16のマス目の中をさらにタテ・ヨコ2等分して4コマにすると、それが2万5000分の1地形図の範囲になる。ちなみに付け加えれば2万5000分の1地形図の範囲を4コマに割ったひとつが「1万分の1地形図」の図幅となる。
 つまり「20万分の1地勢図」をにらんで、鉛筆で簡単な線を引けば、2万5000分の1地形図はおろか、1万分の1地形図(市街地に限る)でも必要な範囲の地図を拾い出せる。そして、図名などわからなくても、コードを控えておけば、書店の地形図コーナーで、コード順に並べられている地形図を簡単に引き出せる。
 書店ではアルバイト店員でも在庫管理ができるようにコード順に並べてある。しかもそれがしやすいように、地図は逆さまに入れてあって、引き出すとすぐに図名とコードが(文字は当然逆さだが)チェックできるようになっている。
 はっきり言おう。「20万分の1地勢図」から恥ずかしい陰影は取り去ろう。かわりに衛星写真を敷いてもらえるとありがたいのだが、昭文社のサテライトマップルのようにストレートに使うと山はへこみ、谷が盛り上がってしまう。天地逆に見ると凹凸が正しくなる……ということは、地図の上では太陽が北から射していないと立体表現としてはいけないのだ。だからネガ版で敷いていただきたいのだ。
 それからもちろん国土基本図たる2万5000分の1地形図のインデックスマップとしての基本要素を備えてほしい。それも初めて地形図システムにアクセスしようとする人に簡単にわかるように。
 さらに地図による文化保存の必須項目として、集落の主要な交差点名を加えてほしい。昭文社のマップルは膨大な実地調査でガソリンスタンドまで入れているが、じつはありがたいのが交差点名なのだ。日本の行政境界は明治以来つぎつぎに合併して広がってきた。集落ごとの小字名は集落とともに残されていることが多いし、もとよりローカルな地名なのだが、江戸時代からの村名は大字として残されてきたものが多い。しかしその大字名(地区総称などともいうらしい)が、気がつくと小学校の名前と交差点の名前ぐらいにしか残されていないところが多いのだ。小学校がどんどん消えていく今、古い地名への手がかりとして、交差点名が重要度を増している。
 そして日本全土の130面を、幹線道路と鉄道の最新交通情報地図として臨機応変に対応し、かつフランスの観光図(カルト・ツーリスティック)のように、展望地点を付け加えてくれれば、国民は旅に出たくなって、国民消費を国土地理院が押し上げることになる……んじゃないかと思う。
 日本の地図がアメリカのように「誰でも作れる」(下請けで作れる)ものになってきたのだし、さらに「機械に作らせる」ものに向かっているのだから、目的合理的な考え方が要求されるはずなのだ。5万分の1地形図(2万5000分の1地形図の縮小・情報間引き版)を維持する必要性はどんどん低下しているはずだし、20万分の1地勢図などは、もっとカタログ的に考えられていいのではないかと思う。いかがだろうか。


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