軽登山講座────伊藤幸司
*この講座はBIGLOBE(NECビッグローブ)が公式に設置したstation50において2005年から2010年にかけて105回連載したものです。

【伊藤幸司の軽登山講座038】ロープという非常装備――2007.5.10



■補助ロープでクサリ場の安全係数を高める――2006.4.23
これは両神山の八丁尾根。規模の大きなクサリ場は問題ないが、この小さなクサリ場だけは、1歩か2歩、クサリに全体重をかけたくなる。そういうところこそ、ハンドホールドを増やしてでも、3点支持できちんと下るトライをしたい。



■ダブルフィッシャーマン・ノットで輪を作る。輪にせずにつないでいけば長いロープが得られる。太さの違うロープでも問題ないという利点がある。



■クライミングロープに結び目をふた回しして引っ張ればプルージック結びが成立。このプルージックループがさまざまな小さな危険を排除してくれる。



■エイトノットの結びかた。普通に輪をつくるところで、ひと巻き余分にするだけのこと。


●6mm×1.5mmのクライミング補助ロープ

 大昔、ナイル川全域踏査隊というので出かけたときには、太さ6mmのクレモナロープを大量に用意した。エンジンつきゴムボートの運行に関することから、装備の運搬、キャンプ生活まで、あらゆる作業を6mmでやりくりした。
 ケニアでのことだが、車(トヨタ・クラウンの中古ステーションワゴン)がタイミングギアの破損という重傷になったとき、100kmほど牽引してもらったが、そのときも6mmのクレモナを束にしてなんとかしのいだ。
 「クレモナ」はクラレがつくるビニロンとポリエステルの混紡糸のブランドで、それまでの綿ロープや麻ロープの役割を完全に奪ってしまった。ロープにおいて化学繊維が天然繊維を追い越したひとつの象徴といっていい。
 現在、ヨットやプレジャーボートの係船ロープとしては12mmから20mmという太さのものが使われているというが、日常的な汎用ロープとしては6mmが際だって扱いやすい。
 ……が、ここで語りたいのはクレモナロープではない。しごく便利で、購入しやすいクレモナロープではなく、登山用品店で「クライミングの補助ロープ」を買ってほしいのだ。こちらは特殊な構造のナイロンロープと考えていただきたい。
 登山用のロープには決定的に性格の違う2種類のロープがある。いまクライミングロープというのは「ザイル」といったほうがわかりやすい登攀用のロープで、破断強度が墜落時の安全性に直接かかわるが、じつは伸縮性も備えている。墜落時の衝撃をやわらげるショックアブソーバー機能が内蔵されているのだ。だから一度墜落衝撃を受けたロープは主役の座を降りることになる。
 補助ロープのほうは逆に伸びない。その分安くなっていると考えられる。ヒマラヤの登山活動などで「固定ロープを張る」というようなときにはこの補助ロープを使っていると考えていい。
 クライミングロープと補助ロープは人間ひとりを支えるという目的では8mmから11mmの太さのものが用意されている。シングルで使うか、ダブルで使うかという選択もあって、安全係数の幅はかなり広い。
 さて、太さ6mmの補助ロープはとりあえず何に使うのかというと、登山用語でスリングと呼ばれるもの、あるいは捨て縄と呼ばれるものに使われる。
 スリングは最近ベビースリングという名でアフリカ由来の赤ちゃん抱っこ用布ベルトという意味になるらしいが、本来は航海用語で帆桁の吊り綱のことだとか。吊り上げたり、吊り下げたりするロープのイメージだ。
 登山では、命をかけるクライミングロープを主役として、それを支える役目のロープにスリングという名を与えている。ただし最近はロープではなくナイロンテープを輪にしたテープスリングが一般的だから、ロープスリングはクラシックスタイルということになる。
 どんな使い方があるかというと、岩場を懸垂下降で下るとき、木や岩に捨て縄で支点をとる。それにクライミングロープを通して(ダブルで)下り、最後に引き抜く。文字どおり捨てていくロープのことだ。
 あるいはあとで詳しく述べるがプルージックループという輪ロープが非常に活躍する。
 6mmの補助ロープは新品時の耐荷重が1トン近くある。ザックを背負って100kgになった人物がぶら下がる程度のことなら十分に耐えられる。6mmの補助ロープは長さ1メートル単位で約100円なので、10mほど買ってみていただきたい。木から木へピンと張ると、ぜいたくな物干しロープになる。


●補助ロープの出番

 私は(特殊な考え方だが)補助ロープを長さ1.5メートル単位で考えている。出だしから例外的なケースで申し訳ないが、4本爪の軽アイゼンを数セット、年中携行している。ベテランの参加者にも、余裕があるかぎりザックの底に入れておいてほしいと頼んである。(濡れた木の橋で危険を感じるときにどうしても必要だと考えているから)
 その軽アイゼンは6mmの補助ロープ1.5メートルで締めるようにしてあるので、2本のロープをはずせるようになっている。ほんとうは1.7メートルぐらいの長さがいいのだが、3メートル買って半分に切るということからしかたがない。
 もちろん私自身はなにがしかのロープやカラビナ類を持っているが、1.5メートルのロープをダブルフィッシャーマンノットで結び合わせれば、けっこうな長さのロープになる。
 しかし通常はそういうふうにはしない。1.5メートルのロープをダブルフィッシャーマン・ノット(二重テグス結び)で輪にする。それをプルージックループ(環)というのだが、クサリ場のクサリに取りつけることで、クサリを握力で利用するのではなくて電車のつり革のように安全性の高いハンドホールドとして利用できる。
 ちょっといやなクサリ場では、女性に握力を使わせないようにいくつかのプルージック環を設置する。かならずしも有効に利用されなくても、危険な状態になったときに利用すれば、態勢を立て直すことが可能になる。指の関節を曲げた状態でロープを引っ張るという使い方で態勢を維持できる。
 プルージック環は本来、クライミングロープに取りつけて、その位置にぶら下がれるというマジックを可能にする。体重をかけるとその位置に固定されるが、加重しない状態なら結び目は自由に動かせる。体重を支えるプルージック環と足場となるプルージック環のふたつを交互に利用しながら1本のロープを尺取り虫のようにせり上がっていく古典的な訓練が知られている。
 少なくとも、ロープやクサリの最適の位置にロープの輪を固定することができるのだ。
 とくに女性の場合、男性がクサリを頼りに強引に登ったり下ったりする方法では、握力がとても足りないというケースがある。それと、男性基準で設置された足場がわずかに届かないということも多い。
 そういうハンディキャップを補うために岩登りの初級体験をすすめているが、そのギャップを技術で補うためには安全係数を高めるためのハンドホールドやフットホールドの設置が可能になっていなければならない。「目をつぶってエイ、ヤア」とやりたいとろでは、なにかひとつ安全策を講じなければならない。そのときにプルージック環がかなり有効なのだ。
 ただし、ロープは使い方がむずかしい。素人が安全のためにロープを使うケースではほとんどの場合、かえって危険な状態を内在させる。ロープがあれば安全……というわけではないのだ。
 プルージック環は適当な立木にからめて。短ければ2つ、3つとつなげてのばせば、結びの必要がない。もうひとつ、エイトノット(8の字結び)を使えるようにしておけばかなり広範な応用がきく。安全環つきのカラビナを1、2個もっていれば応用域はさらにひろがる。
 ちなみに、クライミングロープで確保しなければならないようなときには、本来ならクライミング用の安全ベルト(墜落時に姿勢を保てるシットハーネスが好ましい)とヘルメット(そういう場所では落石の危険も大きい)が必要なのだが、クサリ場などで安全性を高めるための確保のために端尺のクライミングロープを持参することがある。
 問題はそのロープと各自のからだの接続で、簡易な安全ベルトがチームに2本あれば順次交替で確実に装着できる。またそういうケースでは結びの王様と呼ばれるもやい結びがつかわれてきた。ブーリン結びと呼ばれる場合には片手でロープ末端をもって結ぶ方法が解説されることが多いのではないかと思う。英語読みのボウライン・ノットで解説されるときには主ロープに輪を作って、末端を通すという太い係船ロープによるシンプルな結び方が解説されているのではないかと思う。
 それは結びの王様ではあるけれど、サイズをピッタリにし、末端処理をしてほどけないようにするなど、初めての人に各自やってもらうには問題が多い。そこで便宜的ではあるけれど、6mm×1.5メートルの補助ロープによるプルージック環をふたつ連結して安全環つきカラビナで留めるという方法を最低レベルと考えている。ザックを背負ったまま、脇の下あたりでクライミングロープとつなぐ(クライミングロープ側はエイトノット)のが合理的と考えている。そのサイズ調節はプルージック環の結び目のずらしで確実に調節できる。
 私の技術論は「一般登山道」に限定しているので、危険な岩稜にはほとんどクサリやロープが張られている。ここで想定しているロープワークはあくまでもクサリ場での補助であり、ほんの1歩か2歩、危険な臭いを漂わせているところの通過である。とくに、クサリ場ではクサリに両手でぶら下がる(すなわち岩登りの基本原則である3点支持からはずれる)ことを厳密に避けるために、補助的な手段でバックアップするという立場をとっている。


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