軽登山講座────伊藤幸司
*この講座はBIGLOBE(NECビッグローブ)が公式に設置したstation50において2005年から2010年にかけて105回連載したものです。

【伊藤幸司の軽登山講座059】風呂いろいろ――2008.6.25



■那須・三斗小屋温泉――1998.11.11
三斗小屋温泉には2軒の宿があるけれど、煙草屋に泊まることが多いのは風呂のためだ。暗夜に混浴の露天風呂もいいけれど、内風呂はかけ流しで浴槽は三段になっている。からだに浸透する感じの湯だ。



■仙人温泉――2004.8.22
北アルプスの剱岳東麓にある仙人池ヒュッテに泊まって、黒部峡谷鉄道の欅平駅に向かった日。仙人温泉小屋の前にあったこの池が仙人温泉。私たちは残念(?)ながら入らなかったけれど。


●41度、プラス・マイナス

 循環式の入浴施設では湯温は41度Cが基準になっているのではないだろうか。
 私は温度計を持って入浴するほどのマニアではない(ちなみに温度計付き腕時計は風呂の温度を計るのに最適だ)が、湯船に取り付けられた温度計は見るようにしている。
 アバウトな言い方になるかも知れないが、41度が適温なら40度ではちょっとぬるく、42度ならちょっと熱い。人によっては平熱が35度ということもあるので適温が41度とは限らないかもしれないが「プラス・マイナス1度」は、かなりはっきり体で計れると感じている。
 その温度管理の仕方だが、掛け流しの天然温泉の場合にはいろいろな方法があるようだ。
 草津温泉で有名な湯もみは人力で空冷作業を行うというふうにいえる。重要なのはたぶん、水で薄めないということだろう。
 那須湯本の元湯鹿の湯のように、湯船を3つ、4つつなげることで、湯温を自動的に下げていけば、おだやかに適温に近い湯船が得られる。
 安達太良山のくろがね小屋は、じつは岳温泉の湯元(源泉)にあたる。たまたま客がわたしたちだけだったとき、小屋の管理の人が「湯の温度はどうでした?」と聞いた。小屋の外に温度調節の装置があるらしい。掛け流しの天然温泉も、おおかたはなにがしかの手を加えることで適温を維持しているのではないだろうか。
 霧島温泉の老舗、旧林田温泉の霧島ホテルの露天風呂には熱湯が高いところから滝のように落ちてくる。直接触れたらやけどする熱さだ。ところが湯漕が広大なので、居場所を選ぶことで適温を選ぶことができる。草津でも西(さい)の河原露天風呂は熱くない。かなり広い露天風呂にはぬるいところがたっぷりある。
 一般に、内湯の湯温は安定が基本だろうが、露天風呂では外気温に影響されるということも含めて、湯温の幅が大きいと考えられる。
 ユニークだと思うのは塩山の笛吹川温泉。浅くて広くて、ぬるい露天風呂がある。体全体を湯に浸そうとすると、自然に寝そべった姿勢になる。頭を適当な岩に乗せると、あとは眠るだけという感じになる。実際にウトウトして、そのことによって満足するという感覚を得られた。
 つい最近、鹿沼の石裂山の帰り、厚生年金の宿泊施設・ウェルサンピア栃木で入浴した。源泉が40.5度で湧出してくるそうで、源泉掛け流しの湯船がある。内湯はもちろん41度だが、高温浴漕として43度と、低温浴漕として37度が用意されていた。この温度バリエーションはなかなか合理的ではないかと思った。熱い湯が好きな人も、ぬる湯が好きな人もそれなりに満足することができるのではないか。


●刺激的温泉

 じつは私は風呂好きとはいえない。しかしこの十数年に1,000回以上山に行って、おそらくその8割ぐらいは風呂に入って帰っていると思うので、入浴体験は少なくない。
 みなさんにいろんな温泉を体験してもらいたいということと、いいと思われる風呂には、できるだけ多くの人に入ってもらいたいので、風呂の専門家みたいな口ぶりになったりしていることもある。
 なぜ風呂好きでないといえるかというと、湯船につかっているうちに、圧迫された感じになり、どうにもこうにも我慢できなくなって飛び出す気分になることが多いのだ。そのときに湯船を変えてみたりいろいろしても、すぐに追い立てられる気分になる。
 ところが、湯に浸かってウトウトすることがある。一瞬、時間の流れからはずれた感じがする。それから、からだが浮遊する気分になることがある。浮遊感といってしまっていいのかどうか分からないが、全身がだら〜んとして、力が抜ける。時間の流れが止まるというか、このままこの状態が永久に続いてほしいという気分になる。たった10分でも、かなり強烈なリラクゼーション効果が得られたということなのだろうか。
 わたしの場合、それはぬるい温度で得られることが多い。体温ぐらいの温度でもいいけれど、体温より低い温度でもいい。自分のからだとぬるい湯との間に、体温を守る膜が1枚生成される気分になる。
 一番強烈だったのは吾妻連峰山麓の微温湯(ぬるゆ)温泉・旅館二階堂。約30度というりっぱな水だが、それも大容量の掛け流しで、湯船は川のようになっている。
 その水温だと水が動くだけでつらい……のだが、実際はそうではなかった。水が激しく流れているので、自分の側をただひたすら穏やかに、密やかに、流れすぎていただくよう、耐えるしかない。
 そうするうちに、流れる水があたりまえの環境のように思えてきて、時間の流れがゆったりとしてくる。
 じつは湯槽もあるのでからだが冷え切ったら暖めることもできる。こちらに飛び込むと生き返る思いだが、そのあともう一度水風呂に入れた……のだから、正直、辛かったというわけではない。
 そこで初めて気がついたのだが、サウナと水風呂をセットで楽しむということと通底するところがあるのだろう。私はそれから水風呂効果に興味をもつようになった。
 熱い方の風呂もなかなか衝撃的だ。青梅市内の銭湯に50度の湯槽があった。一度老人がそこに入っていたが、あとは空のままだ。トライしてみると足首あたりまで湯につけただけで飛び上がるほど熱い。
 そこでリベンジ。湯槽をよくかきまぜて50度ジャストに調整して、ともかく湯に浸った。首まで入って、すぐに飛び出したが、スコーンと突き抜けるような快感を感じた。体には熱すぎるが、頭には強烈な快感があった……ともいえる。オウム真理教の入浴殺人事件の後だったので、公衆浴場の50度の入浴習慣というものに私たちはみなそれぞれに興味があった。
 山の後に入る湯が銭湯より温泉であればラッキーだし、天然温泉の掛け流しだとぜいたくな気分にひたれる。大多数の快適という意味では日帰り温泉施設の循環式の風呂が無難だが、山の後だからこそ個性的な温泉を体験したい。快適ではなくても、記憶に残る湯に遭遇したいと考えている。


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