軽登山講座────伊藤幸司
*この講座はBIGLOBE(NECビッグローブ)が公式に設置したstation50において2005年から2010年にかけて105回連載したものです。
【伊藤幸司の軽登山講座062】雷の観察――2008.8.10
■そのときの、雨の降り始め――2008.7.23
谷川岳山頂部で雨がきた。あわてて雨具をつけたけれど、いつ頭上で雷が鳴るのか、そちらのほうがこわかった。
■夕立雲が追ってきた――2006.7.15
乾徳山の大平牧場。迎えにきたタクシーのところからとっている。道路の奥に見える人がここにきたとき、猛烈な雨になった。
●大例外
今年(2008年)の7月23日に谷川岳に登った。技術的なターゲットを西黒尾根の下りとしたので、往路はロープウェイと観光リフトで天神峠まで上がった。晴れていれば谷川岳をきちんと見たうえで登りたいと考えたのだが、山頂部は濃いガスに包まれていた。
天神尾根の登りは別にどうということはなかった。下界はそれなりに見えていて、山頂部だけがガスの中……という状況は変わらなかった。
肩の小屋でトイレ休憩をして最後の詰め。展望はまったくないので、記念写真のために山頂をめざすといった気分で登ると、雨がパラついた。降ってくるかなと思ったが、それで終わり。
トマの耳を素通りして、まずはオキの耳へ向かうと、山頂がすぐ目の前というところで雨が来た。ポツン、ポツンときた雨粒が大きかった。すぐに雨具の着用を指示したので、早い人は間に合ったが、モタモタした人は土砂降りの中でようやく着終わった。
山頂はもう30秒といったところだが、雨具をつけ終わるのを待ちきれないように下山にかかった。
上を見上げても、どんな雲の下にいるのかわからない。ずいぶん注意していたけれど、雷鳴は聞いていない。
しかし、大きな雨粒は、大きな雹が溶けて水になったように思われた。頭上には巨大な上昇気流があると考えるのが常識だ。……ということは、突然、真上でゴロゴロ、ドッカンと来るかもしれない。
森林限界を越えたところで、雷の気配を感じたら、一刻の猶予もなく逃げると私は決めている。
どう考えても、頭の上に積乱雲がある。逃げ切れるかどうかだ。夏山の、最悪の状態にはまってしまって、私は恐怖感さえ感じていた。
肩の小屋に逃げ込む前に、遠くで雷鳴が聞こえたが、頭上にそびえ立っているはずの雲からはなんのシグナルも送られなかった。
小屋でとりあえず30分休憩ということにして、あたたかいコーヒーを頼んだ。濡れた西黒尾根の下りは中止とした。追われるような気持ちで岩場を下るのは良くない状況だから。
雨も上がり、天神平へ戻ろうと歩き出すと、すぐにまた雨が来たが、今度は本格的だった。滝のような雨が、たちまち登山道を川にした。それでも西黒尾根をダブルストックで安全に下るという技術課題があったので、登りでその準備をしてきた。豪雨とはいえ、天神尾根の下りでは、歩き方に不安を感じさせる人はいなかった。
雷鳴も、今度は聞こえた。進行方向の右手遠方と左手遠方。近づいてくるようすもなく、やはり頭上で突然ピカッとくる危険含みではあったが、周囲が暗くもならず、冷たい風が吹き下ろしてくることもなかった。
熊穴沢ノ頭避難小屋で休憩したら、私の心配も氷解した。あとは樹林になる。雷が襲ってきたとしても、危険率はうんと低い。
私にとって新しい体験だったが、その後で、この日の雷雲が20年来初めての変則的なものだったということが明らかになった。
詳しいレポートは私のホームページの速報欄に載せている【谷川岳――2008.7.23(水)】ので割愛するが、午後2時ごろ、私たちが前方左手に聞いた雷鳴でロープウェイが止まったらしい。雷で止まることは珍しくないそうだが、この日の雷雲は動こうとせず、午後7時直前になって、電気を使わない非常用の方法で、足止めされた乗客を降ろし始めた。
通常10分のところ45分かかって下る間に、同乗した社員にいろいろの話を聞いたが、入社して20年間、雷雲が5時間経っても動かないのは初めてだという。私たちは稲光の中をノロノロと下っていった。
●雷ウォッチング
森林限界を越えて高山植物のお花畑を歩くときには、リーダーが細心の注意を払わなければいけないのは雷だ。以前、白馬岳から朝日岳を経て蓮華温泉に向かったが、朝日岳の山頂で遠くに雷鳴を聞いた。
その遠い雷鳴のところで私は細心の注意を払う。雷雲が時速40kmで走ってくると想定しているからだ。遠い雷鳴でもこちらに向かってくれば使える時間はあまりない。
歩きながら、いざというときに逃げ込める場所がないか探しつつ、雷鳴がどのように近づいてくるか判断する……のだが、じつは北アルプスなどの岩稜では逃げ込める場所はほとんどない。岩陰が見つかればラッキーだが、少しでも低い姿勢がとれる窪みなどを探す努力を怠らないというだけのこと。あとは天に運をまかせる気持ちだ。
雷は当たる確率はきわめて低い、しかし当たるとなると大事故になる。だからこちらに向かってくるかどうかを見極めるまでが、一番重要なのだ。朝日岳で聞いた遠い雷鳴は白馬岳のあたりでずいぶん長い間続いていた。
以前、テレビの仕事で、白馬山頂で親不知から縦走してくる登山隊を迎えるシーンを撮影したことがあったが、唐松岳の方向に聞こえた遠い雷鳴が、あっという間に近づいて、雨具を着るのがやっとの状態で土砂降りになった。
私が出かける山はほとんどが標高2,000m以下だから、道は樹林帯の中にある。落雷が身におよぼす危険はほとんどないので、雷鳴が近づいてきたら、観察休憩をすることにしている。
雷雲が近づいてくるとどうなるか。まず暗くなる。厚い雲が頭上にさしかかってくるのだから、夕暮れのような気分になる。それから稲光が見える。言い方を変えれば、稲光が見えるくらいに暗くなっている。ピカッと光れば、次にゴロゴロと鳴る音との時間差で距離がわかる。音の速さは1秒間に約331.5m(気温0度C)だから3秒で約1kmだ。稲光が見えるようになったら、だいたい1km以内に来ている。
そこから時速40kmで走ってくるとすると、1kmは1分半、時速20kmなら約3分だ。
たいてい、その段階で雨具をつける指示を出すのだが、冷たい風が吹いて、ポツポツと降り出したかと思うまもなく、雨具が先か、雨が先かというきわどい時間差で、ザーッとくる。
稲光と雷鳴が右左にあれば、真上から一撃される危険もある。念のために各人距離をあけて行動したい。
ちなみに落雷を避けるために金属類をからだからはずすということについてはあまり考える必要はないようだ。気象庁の予報官だった飯田睦治郎さんと仕事をしたときに「落雷するときには猛烈な雨が降っているので、すでにその雨で通電条件は整っているからいつ落雷してもおかしくない」と聞いた。
最後に電気がからだに入るきっかけは金属だったりするかもしれないが、金属を持っているから落ちやすいというふうには考えない。
落雷を避けるためには自分より高いものに避雷針の役目を求めるしかない。樹林帯が安全なのは、そのことによる。
そこで私なりの結論だが、樹木のない岩稜地帯で雷に接近遭遇したときには、道にザックを置いて、岩陰や窪地に走る。そして30分、ただひたすら耐えるのだ。髪の毛が逆立ち、肌がビリビリとするような恐怖を私は知らないが、ともかく30分、ただひたすら神仏にすがるしかない。
そうならないためには、遠い雷鳴をうかつに聞いてはいけないのだ。
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