軽登山講座────伊藤幸司
*この講座はBIGLOBE(NECビッグローブ)が公式に設置したstation50において2005年から2010年にかけて105回連載したものです。

【伊藤幸司の軽登山講座069】デジタル地形図への期待――2008.11.25



■国土地理院「地図閲覧サービス」の検索画面
20万分の1地勢図の該当名をクリックすると5万分の1地形図や2万5000分の1地形図へと導かれる。



■富士山の5合目以上を見たかったら
20万分の1地勢図で調べると、2万5000分の1地形図では甲府4号-4(右上)、静岡1号-3(右下)、甲府8号-2(左上)、静岡5号-1(左下)の4面で見られるのがこの範囲。


●デジタル地形図への注文

 私のシミュレーションマップ・システムについて4回連続でまとめてみた。自分では、従来型の地図の「読み方」に対して新しい提案だと思っているのだが、読んでいただいた方の中には、「紙の地図」での従来型の話にしか思えないと感じることがあったかもしれない。
 その連載の第1回は「距離の把握」だったが「私はだから、5万分の1地形図で育ったが、途中で2万5000分の1地形図に切り替えることになった世代といえる」と書いた。地形図の使用においては縮尺は最も重要な束縛条件となっていた。登山における地図扱いの熟練の多くは、その「縮尺感」に対する習熟であったといえる。
 また、民間地図会社の登山用の地図が縮尺をそろえなくても使えるのは、そこに「コースタイム」という数字が入っているからだとも述べた。私もそのバリエーションとして、距離目盛りを振ることで、縮尺の制約から開放されることを知った。
 そこに今、パソコンで自由に見られる国土地理院の2万5000分の1地形図が登場している。試験公開中とのことではあるが、日本全国を地形図で自由に見られるということは、衛星写真や車載パノラマ写真で市街地情報に格段の飛躍を実現したGoogle Map に匹敵する果敢な事業ともいえそうだ。
 Google Map などとは比べものにならない……といいたい人もあるだろうが、試験公開中のことだとしても、私などは、プリントアウトしてみても精度が足りないという不満が大きい。紙に印刷した地図とは、線の精度が全くちがうのだ。
 もっと重要なことがある。じつはパソコンで見られる2万5000分の1地形図は縮尺の管理が十分にできない。目見当で合わせる程度のレベルにとどまってしまうのだ。スケールはパソコン画面上に出るけれど、実寸表示の調整は不可能といっていい。それならデジタル地図ではごく一般的となった縮尺の選択やズーミングができるかというと、否。ただの「地図」ならそれでもいい。しかし「地形図」となれば縮尺管理は生命線のひとつだといわざるを得ないし、デジタルマップに変身したのだとなれば、もっと自由な拡大縮小も必要だろう。
 ここから話はちょっと脱線するけれど、デジタル化がアナログの既存システムを超えるための基本要素は、精度においてアナログを凌駕しなくてはいけない。カメラの画素数にしても、プリンターのドット数にしても、劇場映画のデジタル化や駅の自動改札システムにしても、情報の量や質や速度を驚くほど向上させて、オーバークォリティではないかと思わせるところまでいってから、揺り戻して落ち着いたときに、既存のアナログシステムを完全に追放することになる。
 地図のデジタル化は日本ではカーナビの普及とともに急速に進んだといっていい。かつて私が海外地図情報を得ていた人が、開発初期にその方面に進んだのだが、最初は絵空事のように聞いていた記憶がある。
 デジタル地図は住宅地図の分野でも進んだようだが、それがインターネット上でさまざまな固有名詞(住居表示のあるもの)と結びつくことによって、紙媒体の道路地図や分県地図などを凌駕する存在になった。
 そしてGoogle Map は衛星写真をそれにかぶせた。
 航空写真や衛星写真に簡単な地図情報を載せた地図はもともと緊急性を求められる軍用地図で採用されていたけれど、東西冷戦中の旧ソ連邦では国土基本図に当たるものとして整備をすすめたと聞いたことがある。
 そのころ、米国では空軍の戦略航空図(100万分の1)や戦術航空図(50万分の1)を整備していて、民間航空用としても販売したので、旧ソ連邦についても米国製の100万分の1の地図なら地図店で自由に購入できるようになった。表現はふつうの地図だが、偵察衛星による写真測量の成果だと聞いた。
 しかしそれも古い話になってしまった。一民間企業にすぎないGoogle が衛星写真を(極端にいえば)全世界シームレスにつなげて、飛行船で自由に飛び回って見られるかのような航空写真地図を軽々と実現してしまったからだ。
 さらに今、プライバシー侵害の問題ともなっているストリートビューも、キョロキョロ見回しながら車を走らせているようなリアルな連続写真を、なんであれほど軽々と見せてくれるのか、デジタルマジックとしかいいようがない。
 異業種のことになるが、かつてアナログの印刷技術システムにデジタル革命を引き起こしたのは QuarkXPress(クォーク・エクスプレス)というページレイアウトソフトだ。そこではレイアウトデザインを小数点以下3桁の精度で管理できるようになっていた。mmモードなら1,000分の1mmという信じがたい精度で位置決めすることができた。表示画面を400%にしても、もちろん見えない精密さだが、その精密さを数字で管理することによって、印刷業務のそれまでの「見当合わせ」という名人技をだれもが確実に行えるようになった。
 アナログを越えるということは表面的な精度だけではなく、システムのバックグラウンドまで含めた精度全体で凌駕しなければ、完璧とはいえない。中途半端なデジタル化は、ある日突然陳腐化するという危険をはらんでいる。
 おわかりだろうか、いま国土地理院が「試験公開中」としているデジタルの2万5000分の1地形図は、明日突然に陳腐化するかもしれないような、レベル落ちのデジタル化でしかないと思われるのだ。私にはどうしても「地形図」とは思えない。では何かというと、2万5000分の1地形図由来のサンプルマップだ。
 ところが私のまわりでは、そのおかげで地形図を購入する必要のなくなった人が多い。ただで見られる地形図を、わざわざ金を出して買うのはもったいない感じがする。当然、モニターで見られるものならプリントしてしまえという裏技を編み出す者も出てくる。
 国土地理院のそのサービスは正式には「地図閲覧サービス『ウォッちず』(試験公開)」(http://watchizu.gsi.go.jp/right_top.html)というようだが「2万5千分1地図情報」としてデジタル版の2万5000分の1地形図とは違うという含みも表現しているようだ。見せてあげるけれど、プリントはダメよ、というような半端な出し方は、私にはあまり好感が持てない。
 あの閲覧サービスでは「おおよそ20万分1地勢図単位」をインデックス画面として「5万分1地形図」の図名に従ってクリックするモードが基本となっている。ほかに、もちろん、地名・公共施設名による検索、や経緯度による検索ができるので、見たい場所を一発表示することも可能になっている。
 この閲覧サービスはおそらく、国土地理院が基本業務として遂行してきた国土基本図としての2万5000分1地形図(紙媒体)とそれの画像データ(0.1mmピッチで数値化)である「数値地図25000(地図画像)」の中間に位置するものと考えられる。
 数値地図の0.1mmピッチというのは、1インチに換算すると254dpi(ドット・パー・インチ)だろうか。そうだとすれば、今では家庭用のプリンターでも300dpi以下というものは少ないし、雑誌のふつうの印刷精度も350dpi(175線)と考えていい。高精細印刷となれば、600dpi以上になるだろう。そういう日常的なデジタルプリントの精度と比べて特筆すべきものはなにもない。
 国土地理院が紙媒体の地形図を画像としてデジタル化したのであれば、当然、一番細い線である「特0号」を線として再現できる精細さを必要とする。等高線の主曲線に使われる特0号は太さが0.08mmだから、0.1mmピッチの画像データではもちろん再現能力は完全に不足している。
 国土地理院がそれでも問題視していないのは、スキャニングデータから線の中心を読みとって、メッシュ(編み目)で管理している標高データと組み合わせて、太さにかかわらないベクターデータを作成していく。それを出力するときには、線の太さを指定すればいいからだ……と思われる。
 私は古い資料で見ているので、現在ではもっと進んだ状態かもしれないが、とにかく試験公開中の「2万5千分1地図情報」は2万5000分の1地形図の顔つきをしながら、似て非なるものと感じられてならない。……もしそれが本当なら、進むべき道は別にある。


●システムインデックスという考え方

 私の不満は、じつはもう数十年頼持ち続けてきた国土地理院と、その販売窓口にあたる財団法人日本地図センターの怠慢に起因している。
 最近では国土地理院の地図を置いている書店が減っているようだし、置いている店でも、網羅的にそなえている店はきわめて少ない。たとえば新宿の紀伊國屋書店の地形図売り場に行ってみると、毎回、地形図の引出しの前で悩んでいる人を見る。国土地理院が刊行している地図の全製品カタログである「地図一覧図」に収納引出しの番号が振られれているのでそれにしたがって目的の地図を探そうとしているのだが、1枚で目的を達するのか、隣の地図も必要なのかと悩み始めると際限がない。
 要するに、あの「地図一覧図」と目的の2万5000分の1地形図の間が遠く開き過ぎたまま何十年という歳月が流れてしまった。
 もともと日本の地形図システムは20世紀初頭に確立された国際規格に準拠してきた。「100万分1国際図」→「20万分1地勢図」→「5万分1地形図」→「2万5千分1地形図」→「1万分1地形図」という図郭のシステムが整えられてきた。ちなみに東京駅が含まれる1万分の1地形図の「日本橋」は「東京2-4-4」というコードをもっている。その「東京」はなにかというと20万分の1地勢図の「東京」で「NI-54-25」というコードが振られている。
 20万分の1地勢図は全国を130面でカバーしているのだが、「NI-54」(北緯32-36度、東経138-144度と読みとれる)の国際100万分の1図を縦横6等分した36区画の25番目が20万分の1地勢図「東京」で、それを縦横4等分した2番目が5万分の1地形図「東京北東部」、さらにそれを縦横2等分した4番目が2万5000分の1地形図「東京首部」で、それをさらに縦横2等分した4番目が1万分の1地形図「日本橋」となっている。
 20万分の1地勢図には縦横4等分する直線が引かれているので、右上を1号、下に2、3、4号として2列目の上を5号、3列目の上を9号、4列目の上を13号、そして左下を16号と数えると、5万分の1地形図がどの範囲をどのようにカバーしているかがきわめて厳密に判断できる。
 しかも、これらの地図は時間を遡ってもいける。国土地理院の「旧版地図」の一覧(http://www.gsi.go.jp/MAP/HISTORY/5-25/index5-25.html)を見ると、5万分の1の「東京東北部」については「明治45年縮図」に始まる26面を閲覧し、謄本交付を受けることができる。ちなみに20万分の1の「東京」は「大正5年三修」からの22面、2万5000分の1「東京首部」は「昭和5年測図」からの25面。それぞれは大なり小なり修正を施された図面なので、地表のありさまや使い方が変化するようすを記録にとどめたものとなっている。(以前は湿式のコピー機を使っていて扱いにくかったが、いまはもちろんそういうことはないだろう)
 国土地理院の仕事は、国土の有効な利用のために、地表面のありさまや人々の利用の状況を2次元的手法で記録し、公表することだろう。当初は5万分の1地形図が、昭和40年代からは2万5000分の1地形図が国土基本図としてその役割を担ってきた。
 2万5000分の1地形図は全国で4341面におよぶ。その全体と、20万分の1地勢図、5万分の1地形図まで、(両面刷りながら)紙っぺら1枚のカタログ(地図一覧図)から選ばせようとするのはどう考えても無理がある。
 20万分の1地勢図は山を緑系の陰影で浮き立たせようとしているが、ほとんど成功していないので一般のユーザーにもほとんど関心を向けられない。民間のロードマップとはとうてい太刀打ちできない半端な地図と思われているようだ。
 ところがそこには画面を縦横2等分する罫線がひかれていて、5万分の1地形図の図郭を示している。その16個のマス目に図名を入れたものをインデックスとして余白に加えてさえくれたら、この20万分の1地勢図から必要な地形図を探し出すという賢明なシステムとなったのに。
 もちろんそう感じていた関係者もいたわけで、平成元年に日本地図センターが『建設省国土地理院の全国20万分の1地図』(8,500円)というアトラスを刊行している。これは20万分の1地勢図を細切れにして閉じたもので、例の縦横4等分の区画ごとに赤字で5万分の1地形図の図名を入れている。
 私は長年、これによって必要な地形図をリストアップしているのだが、そのために自分で加えなくてはならない作業がある。5万分の1地形図の図名は私には何の役にも立たないので、それが20万分の1地形図の何号に当たるのかを地形図一覧のところで調べて書き込んでいる。つまり「東京東北部」とあれば、それに「東京2号」と書き込んでおく。するとその右側は「千葉14号」と計算できる。
 もうひとつ「東京北東部」の図郭を縦横2等分する罫を鉛筆で引いておく。それによって2万5000分の1地形図の「東京2号-4」が東京駅を含む図幅であるとわかる。
 つまり、全国1,290面の5万分の1地形図をシステムとは無関係の図名で選ばせようとした古い感覚から、一歩も抜け出ないまま作られたのだ。日本地図センターよ、お前もか、といいたくなるシステムに対する鈍感さに毎回腹を立てている……のだが、新宿の紀伊國屋書店で長時間かけて地図を選んで、帰ってみたら1枚足りなかったというような腹立たしさから比べたら小さい、小さい。これは渋谷に近い池尻大橋の日本地図センターに行っても、ほとんど改善されない。包み紙に使うほどふんだんにある地図一覧図を申込用紙として直接マーキングして注文できるくらいのちがいだ。
 国土基本図が2万5000分の1になったのだから、それを買いやすくするために20万分の1地勢図にインデックス機能を盛り込むなどということは技術的にはなんの問題もないはずだ。全国でも130面、首都圏を軽くカバーするなら水戸、千葉、大多喜、宇都宮、東京、横須賀、長野、甲府、静岡の9面でいいだろう。これで2万5000分の1地形図576面の精細なインデックスになる。山のこちら側から向こう側までつなげてみたいというようなときには、20万分の1地勢図を仲立ちにしなければ労力と費用がもったいない。
 さて、パソコン上でただで見られる2万5000分の1地形図だが、欠落していると私が感じる2つの要素について語っておきたい。
 ひとつはもちろんインデックス機能だ。たとえば現在の2万5000分の1の地図データと、20万分の1地勢図と自称しているインデックス画面のあいだにたとえば10万分の1の縮小画面をはさんで、それを自由にプリントできるようにしてほしい。そちらには現在同様、地名情報や、地形図のインデックス情報、それから今後重要になる世界測地系にかかわるガイダンスなど、国土地理院の仕事を網羅するデジタルインデックスマップとして磨き上げてもらいたい。5万分の1地形図は2万5000分の1地形図を50%縮小して、等高線や地名を間引いている。常識的に考えればかなりむだな仕事をしている。デジタル化では、いまの2万5000分の1地形図の精度を落とすとしても、情報は無限に加えていくというデータベースとしての資質が問われる。
 もうひとつは最新情報機能だ。すでにどこかで書いたと思うが、英国の25万分の1図は道路網の最新情報に特化している。地図としては英国らしからぬケバケバしさだが、たしか半年ごとに情報更新していくという。
 デジタルマップのもっとも大きな長所は書き換えの容易さだ。「2万5千分1地図情報」に新しい道路情報など(登山者にとっては林道の通行可否情報などがあるとありがたい)をどんどん書き込んで、パソコンで随時チェックできる態勢がとれるなら、国土地理院の仕事として十分に価値あるものではないだろうか。
 紙媒体の地形図は、今後どうしても売り上げが落ちて行くにちがいないが、私にいわせれば、地形図をユーザー自身のベースマップ(白地図)として、使用するごとにパソコンで最新情報をチェックするというような補完システムは考えられる。最新の「2万5千分1地図情報」を活用するにはベースマップとしての地形図が必要だという考え方にもなるだろう。国土地理院の調査能力と、地形図というかたちでの情報固定能力をもっとシステマチックに展開してほしいものだ。


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