軽登山講座────伊藤幸司
*この講座はBIGLOBE(NECビッグローブ)が公式に設置したstation50において2005年から2010年にかけて105回連載したものです。

【伊藤幸司の軽登山講座075】ダブルストック技術試論8〜10――2009.2.25
この試論は以下の項目から成り立っています。
基本編……1.長さの調節・肉体化、2.左右のバランス、前後のバランス、3.V字ポジション、4.登りのパワーアシスト、5.下りの深前傾姿勢、
応用編……6.登りの段差拡大・パワーアップ、7.下りの段差拡大・ヒザの徹底保護、8.左右50:50、9.岩場対応・V字ポジション、10.岩場対応・谷側一本勝負



■ダブルストックの安定性――2009.2.24
岩場でのダブルストックの使い方を見ると、左右のストックの使い方が50:50(フィフティ・フィフティ)かどうか、見分けやすい。栃木県大小山で。



■瑞牆山での下り――2006.7.26
これは初心者に類する人たちだから、本当はここでV字ポジションをきっちり指導しておけば良かった。体重を前後にコントロールすることまではみなさん理解できている。



■両神山八丁尾根のクサリ場――2008.5.14
谷側の手が長く伸びることによって、支点が増えるということがわかる。安全は山側のフットホールドをきちんと確保すること。クサリに安易に頼らないという姿勢もだいじになる。


■8.左右50:50、

 もともと、私は登山での杖の使用に反対だった。あまり具体的な根拠はなかったが、1本杖を使っている人の動きを見ていると、体の左右の使い方が明らかにズレている。登山は長時間の運動だし、片方の足をかばうと反対の足にストレスがたまるという例は多く見ていた。左右のバランスを整える歩き方が重要だと考えていたので利き腕に頼る1本杖にはどうしても賛成できなかった。
 ダブルストックを導入したのは、下りでの危機管理のためだった。大きな段差を安全にクリアするためには、ストックに体重を預ける瞬間が必要になる。女性にとってはその力を両腕に分散しないと腕力において無理かもしれない。高価にはなるけれど、全員にダブルでの使用をお願いした。
 ほぼ10年前のことで、ダブルストックもバラ売り主体の時期だった。メンバー全員がダブルストックで歩いているとすれ違う人たちに驚かれたり、呆れられたり、ときに叱られたりした。こちらは当然、ダブルで使いこなしていると自負していた。
 あるとき、ダブルストックのシングル使用を提案してみた。理由は雨対策だった。ダブルストックで歩くようになると、みなさん雨の日にカサをささない。気温が高くて、雨具をつければ汗をかくと分かっていても、レインウエアを着てしまう。カサをさす手があかないのだ。
 気温が10度C以上あったら、透湿防水のレインウエアでも汗をかく。濡れても体へのストレスがあまりないので、カサをもっと積極的に使おうと提案したのだ。
 そこでストックを1本にして、カサをさして歩いてみることにした。ストックは谷側で使うのが基本になるので、ストックとカサの持ち手を次々に入れ替えていく。
 するとうまくできない人が何人も出てきた。右手使用ならいいけれど、左手だと不安で困るという人が多かった。
 要するに、ダブルストックを使っていても、左右均等とは限らないのだ。利き腕にウエートが偏っている。
 そのことで分かったことがある。一列で歩いているとき、前の人のストックが後ろの人に危険を感じさせることがあった。10人にひとりぐらいは極端に片手にしか神経がいかない人がいて、緊張すると不要な側のストックが動かなくなる。グリップをギュッと握りしめると石突きが上に跳ね上がる傾向がある。それが後ろの人に危険を感じさせるのだ。
 ダブルストックにしたからといって、体を左右均等に使っているとは限らない。そのことがあって、私は岩場でできるだけシングル使用に切り替えるようにし始めた。ダブルストックはシングルストックをベースにしないといけないと考えるようになってきた。


■9.岩場対応・V字ポジション

 V字ポジションを最初に体験してもらうには段差の大きめの土留めの階段がいい。石突きを後方にに置いて、左右をそろえたV字にして、そのまま両腕同時にストックを前方に引いてくる(腕を前に振るとストックが自動的に引っ張られてくる感じがいい)と石突きが後ろ足のかかとのあたりまでくる。V字を強めるとストックが足に触れるので正確にかかとの脇に石突きを置くことができる。
 上の段に振り出した前足に体重を移動させて、立ち上がろうとする動きの最後に(後ろ足で蹴り上げる代わりに)V字ポジションのストックで上へと押し上げる。
 多くの人はストックの握りを上から掴むかっこうで使いたくなるようだが、グリップはあくまで軽く、正位置で握って、力はベルトで受けるようにしてほしい。こまかなストックさばきへの対応が危機管理的にはきわめて重要と考えているからだ。
 そのV字ポジションの登りで岩場にかかると、まずステップが不規則になる。靴が乗らないほど小さなステップでも石突きをかかと脇に引き寄せると、ほとんどの場合ストックを有効に使うことができる。
 重要なのは、足を乗せるステップをよく観察し、ストックを目で見ることなしにフットステップに追従させるという部分だ。初めはストックの先端を足に触れさせながらコントロールするのだが、慣れてくるとダイレクトにかかと脇に石突きを着地させることができる。
 登山道が不整地の道であるとすれば、岩場は登山道のなかでも別格の不整地となっている。岩の面をどこでどのように踏むかという足さばきと同時に、手の延長としてのストックの石突きも足さばきの観察と同時に考えられていく。目で直接着地点を探すのではないというところに行動の余裕幅があって、ストックの石突き位置を目できちんと確認しなければならないような場面では難易度が上がっていると考えるのが適当だ。
 ストックだけでは心許なくなってきたら、必要に応じて山側の手をハンドホールドにあける。ストックは握りだけはずしてベルトでぶら下げるかたちで邪魔にならないようにさばくことをすすめたいが、それについては次項で。
 岩場での下りは、通常の登山道の急傾斜面、あるいは大きな段差と同じ考えでいいけれど、石突きの超高合金の歯と岩の表面との関係についてちょっと語っておかなければいけないことがある。
 ストックなしで歩くときも同様だが「向こうに逃げていく」平らな岩には注意しなければいけない。平面であることの安心感でふと魔が差すけれど、かかと着地のかたちになるので、着地の瞬間に滑るときれいに転ぶ。岩場では大けがにつながりやすい。
 それは事前に簡単なテストをしてみるだけで納得できる。「向こうに逃げていく」平らな岩に予定する角度でストックを強くついてみる。角度の微妙な違いで、石突きが岩に食い込む場合もあれば、弾かれる場合もある。それを警告と受け取れば、危険はかなり回避できる。
 平らな岩で、ストックの石突きを寄せつけないように見える場合には、小さな溝や穴を探す。そこに石突きの歯を食い込ませれば堂々たる支点になる。重心の移動中にその支点をずらさずに維持できるかどうかも重要だが、岩の表面をどこまで利用し尽くせるか、いろいろ確かめてみる価値がある。
 それから、意外に利用されていないと思うのが「正面の岩」だ。ストックは下の方に突くとばかり思っている人が多いが、手が長くなっているわけだから、前方に伸ばしてもいいわけで、岩場の下りではそういうケースがいくらでもある。
 V字ポジションで両腕の力で一瞬体重を支えるところまで前傾姿勢をとることができれば、一般登山道ではクサリ場の多くも、ダブルストックで下れることがわかっている。


■10.岩場対応・谷側一本勝負

 ダブルストックは岩場では危険と思っている人ほとんどみたいだ。あからさまに叱られることが多い。槍ヶ岳の山頂へのクサリやハシゴのところでも指導員にやんわりと注意された。
 しかし考えてみて、手はやはり長い方がいい。いいけれど、山側の手のハンドホールドは安全にかかわる重要な役割を担っている。
 さらにいえば、ストックはハシゴでは明らかに邪魔になる。登りはまだいいとしても、下りではもどかしいほど邪魔になる。その邪魔加減は見ている人にとってはイライラものにちがいない。
 はっきりいって、長いハシゴ、危険なハシゴがあればストックを使わないほうがいいが、断続的にハシゴがある場合には、シングルストックにする。片手のストックだけをさばくのなら、みなさんかなり余裕を見せるし、余裕のない振る舞いをする人にはもっと根本的な安全策が必要と判断されることが多い。
 シングルストックでクサリ場を通過してみると、基本的にはクサリがハンドホールドとなりストックが谷側の手を1メートルあまり伸ばしたことになる。岩の小さな割れ目さえもかなりしっかりした支点になるとすれば、谷側のストックの利点が十分にあることは自明のことだ。
 しかもシングルストックなら、両手をフルに使って三点支持に移っても、ハシゴと同様、邪魔にならないようになんとかさばける範囲は大きい。
 私の体験では両神山の八丁尾根縦走のクサリ場でも、奥穂高岳〜北穂高岳の縦走路でもシングルストックの有効性は大きい。谷川岳の西黒尾根の下りを雨の日に体験したが、ストックが使えれば安全性は高くなる。
 岩場でストックを使うと危なっかしかったり、もどかしかったり、傍目にはそう見えることが多いはずだ。ところが私はその危なっかしさを観察することで、メンバーの力量を計っている。逆の意味でその危なっかしさが危機管理に役立っている。
 しかしもっと重要なのは、ストックを使うことで、自分の技術的限界を早めに検知できることだろう。ダブルストックで歩く→シングルストックで歩く→ストックを収納して歩く→三点支持で安全最優先、というように危険(と不安)に対する対応を段階的に切り替えていくことによって、自分の実力をかなり冷静に判定することができると考えている。
 きちんとつくられたダブルストックの石突きは岩に対して十分な食い込み能力を発揮する鋭利な刃物としてつくられていることは知っておいていただきたい。


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