軽登山講座────伊藤幸司
*この講座はBIGLOBE(NECビッグローブ)が公式に設置したstation50において2005年から2010年にかけて105回連載したものです。

【伊藤幸司の軽登山講座078】雨具選びの考え方――2009.4.25



■台風接近中の安達太良山で――1997.6.28
塩沢温泉から湯川渓谷ルートへの出発準備。台風が接近中でこの夜頭上を通過した。私はカサ1本で通して、パンツまでびしょ濡れになった。



■奥武蔵・伊豆ヶ岳で――1996.6.26
終日雨。朝日カルチャーセンター千葉の新しい登山講座で、4月、5月、6月と雨が続いた。ポリ袋の即製雨具で毎回思い切った実験をさせてもらった。雨はさらに9か月続く。


●ゴアテックスでよかったか

 雨具についてはこの講座の17回で「雨具についての考え方」http://bv-bb.net/bonvivant/yama/clm_017.html を書いたが、その後私の理解がすこし進んだ。レインウェアの透湿防水素材が百花繚乱状態になってきて、選択肢がひろがってきたが、選択基準が見えなくなってきた部分もある。そこで2009年時点での私の考え方をまとめてみたい。

 これから山歩きを始めようという人に、高価な雨具は買わないで……ということにしている。高価な雨具というのは、いわゆる透湿防水(あるいは防水透湿)のレインウエアのこと。
 では何を? というと「折りたたみカサと使い捨てのビニール雨具」といってきた。それについては次項でくわしく書くので、ここではまず「高価な雨具」について語っておきたい。
 山歩きを始めた人が、冬も続けたいということになったときには、私はその「高価な雨具」を買ってもらう。「モンベルのストームクルーザーを見てから、あとは色や価格で、お好きなものを」ということにしてきた。
 なぜストームクルーザーかというとモンベルが世界に打って出た革命的なレインウエアであり、軽量レインウェアの最高峰としての位置を保っているからだ。価格的には高めだが、それを置いている店ならその他の商品を自由に選んでも大きなまちがいはない、と考えている。
 薄手のリップストップナイロンなどを表地にしたゴアテックス雨具で、価格は20,000円超。サイズはワンサイズオーバーというのが私の指定だ。
 じつは、登山で使うレインウエアで手抜きがあるとするといちばん困るのがフードの部分だ。悪天候の時には風も強い。フードがあおられて、行動に支障が出る。正面から風に吹かれても困らないように、フードのサイズ調節ができるとか、顔面部分を絞って風が吹き込まないようにできるとか、あるいは首周りをきちんと締められるとか、余分なひもが風にはためいて顔をたたいたりしないとか……、そういう心配りがあるかどうかは、使ってみないとわからない。安物だと、そのあたりでコストカットしている恐れがある。
 しかし、その程度のことは使い手のちょっとした工夫で解決することもできる。ツバのある帽子をかぶってフードをすると顔面部分を絞っても視界を確保できるし、緊急事態にはフードの上からほおかぶりしたっていい。
 レインウェアにポケットやエアダクトがあってもなくても、そういうことは使い方でどうにでもなる。つくりがとことんシンプルであっても、そこに「GORE-TEX」という商標がついていればまあ、安全といっていい。
 ゴアテックスはW.L.ゴア&アソシエイツ社によって製品化された「防水透湿」素材であり、日本には潤工社と合弁で設立されたジャパン ゴアテックス社がある。そしてレインウェアに関しては、ゴアテックスを使用するにふさわしいメーカーと製品について、一種の品質保証として「GORE-TEX」マークをつけている。だから「GORE-TEX」ならとりあえず安心なのだ。
 ところが最近、私のその基本線に迷いが出てきた。きっかけは連載中のブランド物語第7回の「ダーミザクス(東レ)」http://bv-bb.net/bonvivant/yama/brand_007.html の取材だった。1977年のゴアテックス登場から唯一後追いを続けてきたのが東レのエントラントであり、そのゴアテックス対抗バージョンがダーミザクス(正式にはエントラント・ダーミザクス)だという関係式がはっきりと理解できた。
 両者はほとんど同一機能をめざしているが、相違点ももちろん多い。水道用防水テープとして使われていたPTFEという素材を引っ張って無数の小さな孔をあけたところから始まったのがゴアテックスなら、伸びる性質のポリウレタンフィルムを微多孔膜にしたのが東レ。エントラントの登場は2年遅れの1979年だった。
 エントラントという名は私には「安物の透湿防水素材」というイメージで、上下セットで6,000円前後、裏にネット地をつけた作業用雨具だとばかり思っていた。
 ところが冬山登山のように、低温下で運動したとき身体から発する汗でウエア内部に結露が生じるような条件のとき透湿能力を改善するために無孔質タイプの薄膜をラミネートしてゴアテックス同等の性能をめざしたのがダーミザクスだったという。
 しかし東レは、ダーミザクスを最高品質というふうには位置づけていない。エントラントといってもひとくちに語れない多くの種類があって、東レは完全に素材として卸している。つまりゴアテックスのように最終品質にいっさいの権限を行使しないのだ。
 その結果、エントラントは安い作業雨具にも使われるが、ファッション性の高い高価なゴルフウェア、スキーウェアにも使われて、いまやタウンウェアの防水素材としても大胆に利用され始めている。ゴアテックスと競合関係にあるダーミザクスは冬山の低温環境での性能アップをはかっている。しかしゴルフでは、むしろ透湿機能のほうに重点が置かれている……というようなぐあいに。
 モンベルのストームクルーザーについてはブランド物語第1回の「ストームクルーザー(モンベル)」http://bv-bb.net/bonvivant/yama/brand_001.html としてまとめたが、モンベルのレインウェアはなんと13種類もあり、ストームクルーザーは性能をバランスさせた中心モデルと位置づけされていた。中にはゴアテックスではなく、ドライテックやブリーズドライテックというモンベル独自の「防水透湿」素材を使用して防水と透湿の性能バランスを多角化している。
 つまり透湿防水レインウェアのヘビーデューティとしてのゴアテックスに対して「もっと夏用」のレインウェアが本気でつくられるようになってきた。裏地を張らない2レイヤー(表地に防水透湿膜をラミネート、あるいはコーティングしただけ)なのに裏側にドットプリント(シボシボづけ)をして肌触りと高級感を実現したものも登場している。
 この不況化、半額バーゲンなどの対象品にそういう意欲作が多いのだが、私は周囲の皆さんに、積極的にそういう新しい透湿防水雨具をすすめたいと考えている。
 というのは、ゴアテックスご推薦のレインウェアは、5月から10月までの軽登山にはヘビーすぎる。とくにこれからの梅雨時には雨に濡れずに汗でびっしょりという状態になる。だから私はほとんど使わないのだが、すこしでも透湿性能の高いレインウェアが軽登山では求められる時代になってきた。
 登山靴は(重登山靴も軽登山靴も)初心者には足によくないと主張している私が、ヘビーデューティなレインウェアをすすめているのに矛盾を感じてきた。いまようやく、夏にも使える方向の透湿防水雨具を吟味できる時代になってきた。まだ当分、自己責任で探していかなければならないけれど。


●折りたたみカサと使い捨てのビニール雨具

 桜が咲いた後から紅葉が始まる前の季節に山歩きを始める人には、登山用品店に出かけてレインウェアを買ってほしくない。20,000円以上も出して買うのなら、まずは周囲の皆さんのものを見て、目を慣らしてから買ってほしい。とくにお金持ちの場合、高価なレインウェアを買ってしまうと、重くてかさばって、使用するとき以外は持っていなくてはならないという負担がばかばかしい。
 私は「ワンサイズオーバーのもの」というけれど、その意味も理解されにくい。雨の日に、手をちょっと引っ込めれば袖の中に隠れるぐらいがいいのだが。冬に標準装備のアウターウェアとするときに、保温着を着るだけ着て、なおサイズに余裕が残っていてほしい。袖口も裾口も絞ることができるようになっているので、ブカブカに近いタップリめで困ることはほとんどない。……というようなことも買う前に知っておいてもらいたい。
 さらに山歩きを続けるかどうかわからない段階で20,000円超という出費は大きいので、安いものがあればそちらにも目が向いてしまう。安物は、ベテランが買う分には適材適所でいいのだが、初心者が買うと遠からず買い換えるという無駄になりやすい。買ってしまってから恥ずかしいと思うのはおおいなる無駄といえる。
 そこで「折りたたみカサと使い捨てのビニール雨具」となるのだが、じつはそこが私の(プロとしての)ハッタリになる。雨に濡れる体験を演出したいという野心がそこには隠れている。
 一時期、90リットルのゴミ袋(女性や子ども、デイパックのような小さなザックの人なら70リットルでもOK)で簡単なポンチョをつくり、もう一枚で筒型の巻きスカートにするという雨具実験をくり返したことがある。じつは今でもその1〜2枚は常用ザックのどこかに眠っている。しかし各人がビニールの使い捨ての雨具を持っていてくれると非常時に手間が省ける。
 気温が10度Cを越えると、夏用の登山ズボンに半袖のTシャツで行動するかたちになる。速乾性の登山用ズボンは驚くほどの速乾性能で、雨の中でも「濡れるそばから乾いていく」と感じるほどだ。だからひざ上あたりまで濡れるのはまったく問題ない。
 同様に速乾性の登山用Tシャツも濡れるということにほとんど頓着しなくていい。だいたいザックと接する背中の部分が汗で濡れても、休憩でザックを下ろしたときに何ら不都合が生じないほど乾きが早い。湯上がりにタオルで拭かずに着たって問題ないほどだから、カサの下でときおり濡れるくらいのことは問題にならない。
 カサを差して歩くか、簡便なゴミ袋ポンチョをかぶることで、雨に対して、皮を切らしても肉は守るという程度のことはできる。ただ、問題はある。強い雨や長い時間の雨だと、カサからザックへしたたり落ちる雨が腰から尻にまわってくる。パンツまで濡れてしまう。
 そのことがあって雨が本降りになるとレインウェアの下だけははくようにしてきたのだが、最近、古い雨具を切って半ズボンにしたらすばらしく具合がいい。
 暖かい季節には雨に濡れて全取っ替えするというのも可能だけれど、パンツだけ濡らさなければ、ダメージは驚くほど軽いということに気づいたのだ。ゴミ袋の巻きスカートをミニスカートにするとか、使い捨て雨具のズボンを半ズボンにするとか、いろいろな方法でパンツだけは濡らさないという努力を楽しめる。
 それなのに、ゴアテックスのレインウェアを持っている人は雨になると外気温が何度であってもすぐに着たくなるらしい。しかも前のジッパーをしっかりと閉めたりする。外気温と体温との温度差が大きければ空気抜けさえ工夫すれば冷却効果を上げられるが、気温が10度Cを越えると、肌をできるだけ外気にさらさないと冷却はおぼつかない。
 雨に濡れたくないという気持ちが、汗で濡れるのは我慢するということになるのだろうが、私ならその反対だ。その境界でのせめぎ合いを体験してもらうことで、雨具の価値も理解しやすくなってくる。透湿防水雨具を使わないといいながら、夏でも持っていてもらいたいのは、雨を避ける場面ではなく、雨に濡れてから、からだが冷える方向に動き始めたときに透湿防水雨具を着ると、からだにストレスを与えない。雨具というより、非常用装備として、あるなら持っていてほしいのだ。それによって着替えも簡素化できる。いろいろなかたちで雨に濡れるという演出こそ、お金をいただいて山にお連れする私の仕事のひとつだと考えている。


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