軽登山講座────伊藤幸司
*この講座はBIGLOBE(NECビッグローブ)が公式に設置したstation50において2005年から2010年にかけて105回連載したものです。

【伊藤幸司の軽登山講座089】健脚願望に応えるダブルストック術――2009.10.10



■3月のダブルストック講座は鹿沼の岩山で。ストックそのものを初めて使う人でも、下りでの有用性は一瞬にして理解してもらえる。



■7月のダブルストック講座は上州・子持山。登りでびっしりと使い方を体験できた。山頂でのVの字サイン。


●登りでの使い方に積み残しの課題

 この連載で「ダブルストック技術試論」の1〜10を発表してから10か月が経った。
 それにともなって実技つきのダブルストック講座もやって、その実証と普及にも挑んだが、結果をいえばあまり成功しなかった。
 毎月数人ずつの希望者があって、それもweb情報からアプローチしてくださったまったく初対面の方々で、最近さっぱり縁のない20歳代の女性グループともおつきあいできた。インターネットの威力を感じる瞬間もあった。
 しかし6か月もすると応募者ゼロとか、あっても一人とかというジリ貧になって、8月にはとうとう企画を打ち切った。
 「ダブルストック技術試論」をお読みいただければ明らかになるのだが、下りでのダブルストックの使用は安全性を高め、チーム全体のスピード維持に大きく貢献する。危機管理ツールとして格段の能力を発揮する。
 だから当初から「下りの使い方」については積極的に指導してきたので、私のグループは初心者でもかなりの難所を突破する実力をそなえている。
 下りに対する対応だけでダブルストックさまさまとして、登りについては私は放任主義をとってきた。トレーニング不要論者としてはダブルストックを登りの補助に使うという考えをとりたくなかったからだ。非力な部分を道具によって補強するより、頭(考え方)で補強して、歩き方で登りの能力を拡大するということに執着した。
 ところが技術レベルが上がって岩場でのダブルストックの有用性を強く訴えたいと考えたところで、はたと止まった。私が見せる登りの厳密なストックワークを真似できる人がいないのだ。登りでストックを前方(上方)につくのは杖使いの延長でダブルストックでは論外なのだが、そういう人さえグループの中にかなりいる。
 登りでは後ろから押し上げるという基本ができている人も。後ろに残った足と同じステップに石突きを置くという点ではあまり実現されていない。使い方が厳密さに欠けている。
 何人もの人をあわてて特訓してみたけれど、みなさんダブルストックによる登りのアシストはすでに身についているので、もう体が受け付けてくれないらしい。ちょっと目を離すと元の木阿弥になっている。
 そこでまったく初めてという人に、究極の登りのストックワークから指導してみたいと考えたのがダブルストック講座だった。
 結果はどうだったかというと、おおよそみなさん、1回の実技で80点はあげられる。私の指導を素直に受け付けてくれる全くの初心者なら、かなり高度なところまで教えられるという確信は持てた。しかし、クサリ場でストックを使うというような体験は初心者には無理が多い。どこまでも性急に事が運ぶというわけではない。
 下りに関しては、岩場でもダブルストックの有効性をみなさん実感してくれるのだが、究極の登りに関しては笛吹けど踊らずという状態を、まだ脱していない。
 しかし収穫ゼロではない。そもそもダブルストックに違和感を持っている人に、登りでの有効性を理解してもらえる言い方のひとつが見えてきたように思われる。それが今回試みる「健脚願望に応えるダブルストック術」だ。


●ポイントは段差……にある

 ダブルストックの使用法としては、トップメーカーのレキ(LEKI。輸入代理店はキャラバン)が公式に指導している方法だが、ストックを短く持って前方(上方)へ突くということが常識とされている。
 私はそれに反対しているので世の中的には非常識の極みなのだが、最近強力な助っ人が登場した。レキの製品にもあるのだがノルディックウォーキング用のストックが登場して、こちらは本家直伝の使い方が厳密に指導されているようなのだ。
 それは平地での歩き方だが、ストックは「足の横」に突いて後ろに送るという。この歩き方を基本にすれば登山道での登りで、ストックをかかとにつけて後ろから押し上げるという私の説明はうんと理解しやすい。
 そこで具体的に解説したい。
 登山の健脚は水平方向のスピードでは表せない。垂直方向の登坂力だという認識がまず必要だ。平坦なところでスピードを上げる登山者はおおかたエセ健脚といっていい。登りで弱いので平坦なところで稼ごうとしている。ステップが縛られない雪山にいくと一発で理解できるのだが、登山における健脚の度合いはクリアできる段差によって明らかにされる。
 つまり健脚になりたければ、クリアできる段差をどこまで大きくとれるかに挑戦すべきなのだ。なぜなら……という説明は「講座52・登りの歩き方」(http://bv-bb.net/bonvivant/yama/clm_052.html)を参照していただきたいが、急斜面になればなるほど、体を持ち上げる力が前進する力の何倍も必要になる。
 そこで「健脚願望に応えるダブルストック術」としては、つぎのように指導する。
1)まずできるだけ大きな段差を(あえて)選ぶ。
2)片足で段差の下側、できるだけ奥に踏み込む。
3)反対の足を振り上げて段差の上に乗せる。
4)2本のストックを下の足の脇(できれば片方はかかとのところ)に置く。
5)ストックの握りは肩幅にして、Vの字になる。
6)ストックを(ベルトで力を受けるかたちにして)強く押しながら、体を垂直に持ち上げる。
7)そのとき、後ろ足で強く蹴る…代わりにストックを突くという意識が重要だ。
8)実用的な段差としては上に置いた足にまず重心を移動してからストックのアシストで体を持ち上げるべきだが、ここではストックのアシストで重心の移動も同時におこなわなければならない「大きすぎる段差」を選ぶことが重要だ。
9)ストックの力を借りて大きな段差(できれば50cm以上)を一動作で(スローモーションが望ましい)上がりきることによって、通常なら2歩、3歩で刻んでいた段差を直登するので、動きがゆっくりでも速度は上がる。
 急登に弱い健脚願望登山者はダブルストックで押し上げるというワザを使って、その弱点を簡単に補うことができる。ストックを2本そろえて使う必要がないときには、後ろに残った足(平地での歩き方ではけり足になる)のかかとに石突きを置いて、足を使わずに腕の力で強力に押し上げる。両腕を自然に振りながら、体を垂直に持ち上げるアシストをしていただきたい。
 この、大きな段差をダブルストックで強引に突破するという方法が、登りでのダブルストックの使い方を理解してもらうのに、わかりやすいポイントだと気づいたのだ。省力化の使い方ではなく、スピードアップの積極果敢が、体で理解してもらいやすい……かもしれない。
 それを岩の段差でやるときに、石突きをきちんとかかとの脇に置くようにすると、目で見ることなく後ろ足を置いたステップにストックが置かれるという厳密な運用が実現する。ストックを引いてくるときに(V字を強めて)あし(脚)に触れながら動かすと、石突きの位置は目で見なくてもはっきりとわかる。
 ダブルストックを使うと、これまでより大きな登り段差をクリアできるようになる。後ろ足で強く蹴り上げたい場面で、ストックを活用するという考え方を追求していけばいいはずだ。


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