軽登山講座────伊藤幸司
*この講座はBIGLOBE(NECビッグローブ)が公式に設置したstation50において2005年から2010年にかけて105回連載したものです。
【伊藤幸司の軽登山講座094】水について(1)飲み方――2010.1.19
*このシリーズは全6回で、(1)飲み方、2)暖かい水、(3)冷たい水、(4)非常用の水、(5)山の水、(6)スポーツドリンク、(7)運び方――となります。
■休憩には労務管理的な側面とリフレッシュメントの2つの顔がある。時間の取り方と場所の選択に、水や食べ物が加わることで効果がアップする。
●水とのコミュニケーション
私は「水を飲むな」といわれた世代だが、比較的早くその呪縛から逃れることができた。ジョギングブームやマラソンブームによって水分摂取が科学的に説明されるようになったからだ。「水を飲むとバテる」とか「強いヤツは水を飲まない」といった神話がある日突然、崩壊したのだ。
「水を飲むとバテる」というのは観察力が浅い表現で、実際には「バテると水をがぶ飲みする」という状況を捉えている。「シゴキ事件」などをご存じない方が多いかと思うけれど、当時の体力強化山行では落ちこぼれメンバーを水の「がぶ飲み」でチェックしていた。だれかひとりがそうなるまで、ガンガン飛ばすのが強化山行のペース配分だったといっていい。
私はあまり強くなかったからいつもガブ飲みの危険を抱えていたけれど、後に「強いヤツは水を飲まない」ということのナゾも解けた。
もともとどちらも旧帝国陸軍の負の遺産だと思うけれど「強いヤツが水を飲まない」マジックは「強いヤツが水分摂取をセーブしているわけではない」という事実とあわせて考えればいいということがわかってきた。
どういうことか。
同じ行動をしてそれに必要な水分を比べたとき「強いヤツ」は運動強度を上げないように歩けるから冷却用の無駄な水分を要求しない。そこまでは「強いヤツが水を飲まない」理由として正しい。しかし1日全体で考えれば、やはりかなりの水分を供給してやる必要がある。
「強いヤツ」は1日の行動量が有限だということを経験的に知っているから、その水分総量をあらかじめ計算している。だから一番わかりやすい例でいえば、朝食のときから水分摂取を計算している。もっといえば前夜から水分摂取は始まっていて、当日の行動中の水分をかなりのところまでセーブできる下準備ができている。
ところがバテるメンバーは、その日のハードスケジュールが天井知らずだと思っているから、体内の水分に余裕がないのに水を飲まないで頑張ったり、逆に無駄にガブ飲みしてしまったりする。口から飲む水分は管理の対象だが、体内に保存されている水分は意識の外になっている。
そういうわけで、水筒の水をどう飲むかということと、その日1日の行動に必要な水分をどのように供給してやるかは、とりあえず同一のものとして考えない方がいい。未経験者とベテランとはそこに大きなギャップが出てくるのだが、頭で理解してもすぐに解決する問題ではない。
さて、そこからが私のいいたいところだ。初心者に水分摂取を指導してきて、すこし違う方向に進化してきた。
マラソンなど平地を走る場合には、距離と時間で運動量を調節できる。しかし登山では運動強度も運動量も標準化できない。一緒に歩いている人同士でもなかなか共通化できない。それはたとえばサッカーで、相手が強ければ疲労が激しいのと同じで、攻め方、守り方を変えることによってエネルギーをセーブしなくてはいけないと考えるべきだ。
だからマラソンなどの科学的データもそのまま登山に導入できない部分がある。水をいつ、どの程度飲んだらいいのか、数値で示すには無理がある。
じつは私が掲げている「軽登山」では、科学的な知識からからだを解放したいという強い希望がある。……で、どうするかというと、休憩ごとにザックを置き、水を「一口含む」というもの。そのとき水を飲みたければセーブせずに飲み、飲みたくなければそれでおしまい。
休憩ごとに自分のカラダに「水を欲しい?」と聞くわけだ。頭が知識によって水を配給するのではなく、いちいちカラダに聞く……という動作を身につけてもらうことにしている。
頭は管理職としてかなり自信をもっているのが普通だし、本などで仕入れた知識や技術論があれば試してみたいわけだから完全にからだをコントロールしたいと考える。しかし現場を知っているのは頭ではなくてカラダのほうだ。
一度、理論武装は無しにして、カラダが欲しがるだけの水を出してみたらどうだろう。水筒は透明のものにして、水の減り方が毎回見える方がいいし、飲んでも飲んでも足りなくならない量の水を最初は持つ。運動量が水の消費で分かるようになるのは比較的簡単なことといえる。
ともかく、最後は歩き方の工夫にいくのだが、頭からのくだらない命令をできるだけ排除して、自分のカラダにどれほどの顕在力、潜在力があるかを知る場所として、軽登山は最高のチャンスといえる。そして水の管理がそのファーストステージと考えている。(続く)
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