軽登山講座────伊藤幸司
*この講座はBIGLOBE(NECビッグローブ)が公式に設置したstation50において2005年から2010年にかけて105回連載したものです。
【伊藤幸司の軽登山講座096】水について(3)冷たい水――2010.3.14
*このシリーズは全6回で、(1)飲み方、2)暖かい水、(3)冷たい水、(4)非常用の水、(5)山の水、(6)スポーツドリンク、(7)運び方――となります。
潜熱をうまく利用すると、ザックの中に高性能の氷冷蔵庫をもつことができる……のだが、熱エネルギーの無駄をしていませんか?
■箱根外輪山の明神ヶ岳(1,169m)山頂で。2リットルのペットボトルだと家庭用冷蔵庫の冷凍室で一晩凍らせたぐらいではこの程度。――――1996.7.13
■南アルプス・仙丈ヶ岳(3,033m)の山頂。360度の展望と風のないゆったり気分を満喫すべく、たっぷりと時間をかけて休憩した。小屋泊まりの翌日なので氷は持てなかったが、冷たい飲み物があったら値千金という場面。――――2008.9.10
●ちょっと?……の保冷術
夏になると、山で飲む水の価値を圧倒的に高めるのは「冷たさ」だ。街なかでも自動販売機の飲み物をグイっと飲むときに、その冷え加減に金を払っている気分になるくらいだから、山で飲む冷えた飲みものの価値はどんどん上がっていく。
そこでベテランの登山者たちは、冷たい飲み物をいかにじょうずに持参するかというワザを競い合う。しかしその多くは、けっこう「?」というふうに見える。個人個人が「?」というよりも、日本の理科教育のお粗末さを感じるおバカなやりかたという感じがする。
ペットボトルの飲み物を冷凍庫で凍らせてくる。水筒で凍らす場合には満タンにすると水が氷になるときに膨張して容器を割ってしまうことがあるけれど、ペットボトルの飲料は、口を開けないまま凍らしてもほとんど問題がないようだ。
内部が凍ったペットボトル飲料を持ち歩いていると周囲に水滴がつくので、タオルなどでくるんで、濡れてもいいようにザックのポケットなどに入れておく。
当然、凍った中身はだんだん溶けてくるので、頃合いを見計らって、溶け出した水分をすする。
溶け出した水分は0度Cと考えていいので、レストランなどで出される、氷を入れてギンギンに冷やされた水と同じものを目指しているのだろうが、それとは全然違うということを指摘したい。
「潜熱」という考え方が、完全に欠落している。水の場合でいえば100C度の水と100度Cの水蒸気との間、0度Cの水と0度Cの氷との間の、気体〜液体〜固体という状態変化にともなう熱エネルギーの存在だ。気化熱なら蒸気機関などを思い出す人がいるだろうが、融解熱に気づいている人はどれほどだろうか。
水の融解熱は79.4cal/gだから、20度Cの温度の500mlのペットボトルを凍らせるためには、まず約10,000calのエネルギーを奪って0度Cに下げ、それから約40,000calのエネルギーを奪って水を氷に変えていく。冷凍庫に入れておくと、さらに氷の温度がマイナス5度C、10度Cと下がっていくけれど、そのことはここでは考えないで「0度Cの氷」としておこう。
その氷が水になるためには約80calの熱を放出するごとに1mlの水になるので、周囲の空気を冷やし続ける。結果として空気中の水分が冷たいペットボトルに結露し続けることになる。
つまり凍らせたペットボトルは山の空気をかなりたくさん冷やすことで、氷を水に戻しているのだ。かなりたくさんの融解熱を放出してほとんどが水になり、まだ氷も残っているという状態になったときに、コップの水に氷をいれてギンギンに冷やした水と同じ状態になる。
さて、そこで、20度Cの水を0度Cのギンギンに冷えた水にすることを考えてみる。500mlの0度Cの氷を0度Cの水に戻すには約40,000calの熱を加えてやらなければならないので、20度Cの水を0度Cに下げるとして、2,000ml、すなわち2リットルの水をギンギンに冷やすことができるのだ。さらにいえば冷蔵庫で冷やした水なら10度C前後だから、倍の4リットルを冷たい水にすることも可能なのだ。
夏の山で、ジリジリと焼かれるような暑さのときでも、気温30度Cというのはじつはあまりないので、20度Cで計算しておいていいと思うのだが、2リットルの水を20度Cから10度Cに下げるために必要な氷の量は250mlと出る。だから500mlのペットボトルではなく、350mlのもので十分であり、それを丸1日かけて冷凍庫の温度まで下げておけば、水冷却用としては十分な余力を備えていると考えられる。
溶けた氷水をすすっているようでは、その先へは進めない。
●保冷シートの活用
冷たいペットボトルに水滴がついているというのは、ペットボトルが周囲の空気を冷やしている証拠であって、冷たさが逃げている証拠。そこで冷たさが逃げないようにしたいのだが、それは意外に簡単だ。
食品用の断熱シートや断熱バッグがある。片面が銀色で裏側が白いスポンジ状のシートになっている。凍らせたペットボトルをそのシートやバッグで丁寧に包んで、ポリ袋に入れて、空気がもれないように口を輪ゴムなどで縛る。念のために同じことを3回繰り返して、三重の断熱+密封状態にしたものをザックに放り込んで山に出かけてみていただきたい。たぶん山頂で取り出してみたら、周囲に結露などないし、開けてみたら氷のままで水も溶け出してくる気配もない……ということに驚くはず。
ひと晩冷やしただけの氷と、丸1日冷やした氷とでは温度が違うので、そのぶん融け具合が違うということにも気づくはずだ。
私は1リットルのペットボトル2本を凍らせて山に持ち上げたことがあるけれど、同じような保冷装置をキャンプ用の断熱シート(表面が銀色で裏面が緑)でつくっても同様の効果が得られた。もちろん食品用の断熱シート/バッグの性能とは比べものにならないけれど。
さてそこで、本格的な水冷却システムをつくるなら、ペットボトルではなくて、広口で透明の水筒を使うべきだ。容量の7〜8割の水を入れて、冷凍庫に横置きにして凍らせる。広口といってもいろいろあるけれど、横置きの上部空間が口のところにも一部かかっていてほしいのだ。
使うときには口の隙間から水(その他飲みたい飲料)を入れてやる。するとたちまちにして氷ははがれて氷柱となって水筒内に浮遊する。冷えた水をカップなどに注いだ後、また水を注ぎ込んで、次から次へと大量の冷水をつくることができる。お茶やジュースなど好みの飲み物にも対応する。
もうひとつの方法は、凍らせたペットボトルを保冷剤として、冷やした飲み物や果物といっしょに保冷バッグに入れるという簡易冷蔵庫。真夏に傷みやすい食べ物を食料として持ち上げるという贅沢にも活躍する。こちらはいわば氷冷蔵庫だからわかりやすい。
言わずもがなのことだから蛇足だろうが、最近流行の冷たい飲み物専用の保冷水筒のたぐいは、登山用にはあまり適していない。氷入りの飲み物を入れたとしても、潜熱という圧縮エネルギーの利用において十分とはいえないからだ。
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