軽登山講座────伊藤幸司
*この講座はBIGLOBE(NECビッグローブ)が公式に設置したstation50において2005年から2010年にかけて105回連載したものです。

【伊藤幸司の軽登山講座099】水について(6)スポーツドリンク――2010.6.15
*このシリーズは全6回で、(1)飲み方、2)暖かい水、(3)冷たい水、(4)非常用の水、(5)山の水、(6)スポーツドリンク、(7)運び方――となります。

重い荷物のひとつとして水を持つなら、付加価値の高いスポーツドリンクにしたほうがいいのではないかと思うことがあります。どう考えたらいいのでしょうか。



■真夏の快晴、そして富士山頂。気温は高くないので水分補給の条件はそれほど厳しくないのですが、じつは高度に対する順応に水分摂取が大きな役割をになっているかもしれません。登山では、見た目の環境がどうであれ「こまめな水分摂取」が安全です。――――2007.8.15



■湯河原の幕山に登ったこの日は暑い日でした。気温が高いというだけでなくむしむしして、小一時間も歩くと全員バテバテになってしまいました。水分を補給して休憩して、すべてをいったんリセットして登るというくらいの切り替えをきちんとしないと熱中症などが心配になります。長い休憩は要注意人物を特定するのに絶対に必要です。――――2000.8.22



■富士急線のかたわらにある標高1,256mの倉見山に登った日は猛暑でした。駅から登山口まで歩くだけで疲れきってしまうような熱い空気のかたまりでした。ところが登り始めると樹林帯はすごしやすく、山頂には驚くほど涼しい風が吹いていました。けっきょく気持ちのいい汗をたっぷりとかいた1日でした。――――2004.7.20


●最初のスポーツドリンク

 スポーツで急激に水分が失われるとき、効果的に水分を補給する役割を担っているのがスポーツドリンクです。街角の自販機でもいろいろの銘柄がありますから、どれがいいのか? どれでもいいのか? 考えてみたくなります。
 じつは私自身は飲み較べていろいろな情報をもっている……わけではありません。そこでこの機会に、とひととおり調べてみました。お読みいただいているみなさんから見たらあまりにも初歩的なことかもしれませんが、まずはその起源から。
 米国でスポーツドリンクの代名詞となっているのは「ゲータレード」。フロリダ大学のアメフトチーム「フロリダ・ゲーターズ」のために大学内で開発されたのが1965年、たちまち威力を発揮したのだそうです。
 なぜアメリカンフットボールにスポーツドリンクが必要だったのかというと、1960年代に水分不足が原因と思われる死亡事故が年間20件も発生していたのだそうです。ガンバリズムの象徴として「水を飲まない」という指導が一般的であったため、脱水症状や熱中症にかかる事故が多発していたというのです。
 ゲータレードはすぐに市販され、現在もペプシコ傘下のストークリー・ヴァンキャンプという会社が製造販売しています。ちなみに日本上陸は1970年ということですが、紆余曲折を経て現在はサントリーフーズがライセンス契約を結んでいるということです。
 このゲータレードは米国はもとより世界シェア第1位のスポーツドリンクだそうですが、その象徴としてアメフトの各種大会で優勝したチームが行うのが「ゲータレードシャワー」なのだそです。
 国産では1980年に大塚製薬が発売した「ポカリスエット」がその嚆矢。甘みを加えた清涼飲料に対して水分補給に特化した製品として登場しました。そして現在、日本では「アクエリアス」(コカ・コーラ)がトップシェアを獲得しているといいます。
 つまりこれらのスポーツドリンクは大量の汗をかくようなとき、水分と同時に、失われたミネラル(ナトリウム、補助的にカリウムなど)を補充するのが目的です。さらに糖質や各種アミノ酸が加えられています。


●水と塩

 客観的に見て、アメフトの救世主となったスポーツドリンクには絶大な価値があります。なにしろ、失われた水分を補給する際に、その水分が吸収されやすいかどうかまで調整されているからです。
 スポーツドリンクは最強といえるのですが、私はそこで、ちょっと思い出すことがあります。石けんです。代表を洗濯用洗剤で考えると、テレビコマーシャルなどで汚れを落とす能力や、仕上がりの色や風合い、臭いの除去などさまざまな性能を語っています。しかし洗濯は洗剤がするのではなくて、仕事のほとんどは「水」がしているのです。生来的に汚れを溶かし込む性質をもっている水に対して、その効果をアップさせるのが洗剤の役割と考えるべきなのです。洗剤は洗濯の主役ではなくて、あくまでもサポート役という理解が必要です。
 もうひとつ思い出すのは栄養剤。各種サプリメントを利用している人には基礎中の基礎ではないかと思いますが、「総合」と名のついた栄養剤や栄養補助食品を複数摂取すると、カラダに良くない過剰摂取となるものが出てきます。バランスよくいろんなものを組み合わせたあるものをダブル使用すると、バランスはただちに崩れることになります。
 そこでスポーツドリンクを見てみると、やはり「総合化」が競われているようです。必要なものをできるだけ取りそろえて、それのみを適量摂取するときに最高のパフォーマンスが得られるというわけです。
 スポーツドリンクはいい……けれども、量的なコントロールに対する指標がはっきりしないので、その効果が「ほどほどだから安全」なのか「健康管理にまでは関知しない」のかはっきりとはわかりません。
 そこで私は「水分摂取」とそれにかかわる補助機能を分けて考えるべきだと思うのです。古くから高温の作業場所で働く労働者は水分と塩を同時に摂取していました。水分を摂るのは汗による冷却機能を維持するためなのですが、それによって体内のナトリウムイオンなどのバランスが崩れます。塩を補給するのはそこのところを修正するためなのです。
 日本人は「塩分の摂りすぎに注意」という常識が浸透しているので、塩を口に入れるということ自体に一種のアレルギー反応があるようです。ですから水をいつもより大量に飲むときには、おいしい塩をひとつまみ口に含んで「おいしい」と思う範囲で摂取するという方法がいちばん健全かと思うのです。塩はすぐに食べられなくなりますから摂取数量としては不十分かと思いますが、その程度で十分に役目を果たしているとも思えるのです。
 同時に、糖類やアミノ酸がほしい人は、サプリメントで個別に補給するのがわかりやすいと思うのです。
 じつはそういう素人考えに及ばない総合力をスポーツドリンクは備えているのかもしれませんが、環境とのシンプルな関係を体験できる登山の現場では体内に取り込むものと出力との関係をできるだけシンプルにするのが合理的だと考えます。かならずしも100%の効果が得られなくても、マイナスをある程度のプラスに持ち上げられれば、肉体的能力はそのサポートを受けることができます。
 カラダに聞くという姿勢をもっていると、口に含んだ塩を「おいしい」と思うことがあります。その「おいしい」は自分自身のカラダの正直な評価だと考えることにしています。
 なお前回書きましたが、水の分子状態から名水の定義を模索した日本電子株式会社の松下和弘さんからの取材記事は次のようなものでした。
「化学的手段ではスポーツドリンクやミネラルウォーターが体にいいという効果の多くは、水の分子構造が小さくて吸収しやすいからだといいます。スポーツドリンクに添加されたいろいろな金属イオンがいわば栄養素のように効くと考えられていますが、水そのものがあきらかに吸収されやすい状態になっているというのが、松下さんの見解でした」


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